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【連載小説】第8話 普通の高校生は人形劇の夢を見る #創作大賞2024#ファンタジー小説部門




第8話  (約3000字)

 はじめて聞いたのは、確か小学校五年生の時だった。あんたは橋の下で拾った子なんだよ、なんて定番過ぎて冗談だと思ってた。中学の時には、血がつながってないことを受け入れはじめて、そのうえで血なんて関係ないって思えてきてた。でも今、他人に母さんが説明しているのを聞いて、我ながら結構動揺してる。

「赤子を、奈那を預けたその女性が、この封筒を?」

 じーさんは、険しい顔で自分の名前を見つめていた。そしてもう一枚の紙を広げ、驚いたように目を見開く。あたしはじーさんの手元をのぞき込む。

 赤色の文字のようなマークが書かれている。

「あ、これ。あざと一緒」

「あざ?」

「そう、あたしのお尻にこれと同じあざがあんの」

「この印は強力な守護だと、その女性はおっしゃっていました。この印がある限りこの子に危険は無いだろうと。それでももしも、何か不可思議なことが身の回りで起こったなら、西宮神社の御堂仁雅様を訪ねるようにと」

 母さんはじーさんを見つめ、静かに語る。普段のガミガミ言ってくる様子とは全然違う。

「その女性の名はお聞きですかな」

「はい。倉橋美月さんと」

「……倉橋」

 じーさんは驚いたように目を見開き、あたしを見つめる。

「え? 何? 知り合い?」

「いや、直接は知らん。が、倉橋家は安倍家につながる庶流。まさかまだその子孫が残っていたとは」

「安倍? 誰?」

「……安倍晴明だ」

「あーあの、なんかあれ? 占い師?」

「陰陽師」

「詐欺師みたいなやつ?」

「罰当たりな」

 苦い顔をして沈黙するじーさんに、あたしは思わずカチンとくる。膝の上に重ねていた母さんの手を奪うように握り、反対の手を自分の胸に当てる。

「じーさん。あたしは前島奈那。母さんと父さんの娘だから。倉橋だか安倍だかいう先祖の事なんて関係ない」

 そんな今更な主張に、母さんは驚いた顔であたしを見つめる。じーさんはあたしを見つめていたが、険しい顔をふっとやわらげる。

「そうだな。ワシが悪かった」

 そう言うとじーさんは奥の方から一つのお守りを取り出した。よく神社で売られてる一般的な袋型。

「未紀のために拵えたものだが、お前さんの方が必要そうだ。夢に殺されかけていると言ったな。眠る時に、これをかならず握りしめて寝なさい。そのあざほどではないが身を守る助けになる」

「ありがとうございます!」

 あたしが口を開く前に、母さんは畳に額をこすりつけるように頭を下げた。そして、ほらあんたも! と怒られる。

「あ、うん。ありがと。だけど、そのお守り……」

「信心して、肌身離さず持っていなさい」

「うん、だけど、安産祈願って」

「信じるものは救われる」

「それなんか別の宗教じゃ」

「いいから! あんたは御堂様のありがたい教えを拝聴して帰りなさい」

 そういえば母さんはパートの時間だ。何度も何度もじーさんに頭を下げて足早に出て行った。母さんの姿が無くなると、じーさんは仕事モードの真面目な顔からいつものヘラヘラ顔に戻っていた。というか胡坐をかいてお猪口に酒まで注いでいる。

「奈那よ、この世には目に見えぬものも含め有象無象が存在しておる。無意識の世界とでも呼ぼうか。だが、ひとたび意識下へ降りればそれらの存在を感じざるを得なくなる。夢は無意識と意識の狭間にある。無防備な状態だ。だが夢であろうと無意識であろうと、この世には理がある。それに反するものなど存在しない」

「じーさん、そんな言い方でこのあたしがわかると思ってる?」

 じーさんは目尻に皺をよせて笑う。

「この世にはルールがある。すべてがそのルールの中で存在しておる、でわかれ」

「わかった」

「それで、少しその夢の話とやらを聞かせてもらおうか。どのようにしてその傷を負った」

 あたしはじーさんに今までにみた夢の話を語った。学校にピエロ、おもちゃの劇。あらためて口に出して話してみると、怖さが減ってただのつまんない話な気がしてくるから不思議。じーさんは酒を飲みながら、ただ黙って聞いていた。

「罪を思い出せ、か」

 話を聞き終えたじーさんは、遠くを見つめながらポツリと呟く。

「何やら作為的なものを感じるな」

「犯人がいるってこと?」

「うむ。奈那、お前さんは七つの罪というものを聞いたことがあるか?」

「ん? ああ、ゲームとかであるやつ?」

「あるやもしれん。厳密に言えば、人を罪に導く欲望や感情を指す。概念としてはこちらの考え方だな」

 じーさんは先ほど読んでいた本をあたしの前に差し出す。黒い表紙には大きな金色の文字で「聖書」って書いてある。

「じーさん、神社の本殿で酒飲みながら寝そべって聖書読んでたの?」

「人類史上ナンバーワン大ベストセラーだからな。面白いぞ」

 聖書の表紙をトントンと叩く。そしてお猪口を置き、あたしに向き直った。

「良いか、奈那。この世に完璧な人間などおらん。誰しも胸に手を当てて考えれば、やましいことの一つや二つあろう。傲慢・強欲・嫉妬・憤怒・色欲・暴食・怠惰。無意識にあるやましさを言葉で表し意識下へと具現化する。むしろ罪の意識をつくりだそうとしているようにみえる。お前さんもここ数日、自分の身を振り返ることもあっただろう」

 確かに、夢のことは起きている間もずっと考えるし、なんであたしがあんな夢を見せられているのかずっと考えてしまう。

「お前さんはたしかに成績も良くないし、言うことだってころころ変わる。未紀みたいにスタイルも良くないし美人じゃない。逆ならともかく、何かが著しく秀でていることもないかもしれん」

「ケンカ売ってる?」

「だけど未紀はワシのところへ来るといつもお前さんの自慢をする。あいつはお前さんに憧れとる」

 予想外の話の展開に思わずポカンとする。じーさんは薄茶色の瞳でまっすぐにあたしを見つめた。その瞳は澄んでいて心が静かになっていくみたいだった。

「自らの悪いところはいくらでもあげられるものだ。だが他人からみてそれが悪いとは限らん。お前さんは言うことがころころ変わるが、何でも素直に受け取って真っ直ぐに表に出すからだろう。それは未紀にはないお前さんの特徴だ。誰がどうみるか、お前さんがどのように活かすのか。それによってその特徴は魅力にも欠点にもなる。他人を癒すこともできれば傷つけることもできる」

 じーさんの声は静かで、言葉が身体にゆっくりと沁み込むのを感じる。今まで感じていた恐怖や不安が嘘みたいに無くなっていた。

「過去を振り返れば何か思い悩むこともあるだろう。だが囚われ過ぎぬことだ。過去は変えられない。未来を変えることで、過去の意味合いを変えることはできる」

 じーさんはパンッと一度拍手する。周囲の空気がぱっと明るくなる。

「さあ、もうじき暗くなる。そのお守りを持って、今日は帰りなさい。今夜は妙な夢を見ることもないだろう。それとも怖かったらワシが添い寝してやるぞ」

「余計怖いから」

 あたしは笑い、立ち上がる。なんだか身体が一気に軽くなった。朝、鏡の前で叫んでいた超一級ホラー女優とはまるで別人になった気分だ。

 鳥居のそばで振り返ると、本殿の中からじーさんが腕を組んであたしを見ていた。

「色々サンキュね、じーさん」

 あたしはにんまりと笑って親指を立てて見せた。





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