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【連載小説】第7話 普通の高校生は人形劇の夢を見る #創作大賞2024#ファンタジー小説部門




第7話  (約5400字)

 気がついたときにはあたしは職員室の長いすに座っていた。おそるおそる隣を見たが、例のプーさんは消えている。あたしはほっと一息吐くと同時に頭をかきむしった。

 あたしってば何で寝てるんだろ。いっそのこと動かずに、母さんが起こしてくれるまでここでじっとしているほうが安全な気がする。

 ただただぼーっと椅子に座っていた。ここには時計なんてものはないらしい。だから何分何時間経ったのかは全然検討もつかない。でも感覚的に、そんなに時間は経っていないと思う。

 突然、がちゃっと物が落ちる音がした。職員室の中央、そばには机も何もない場所に、黒いかたまりが落ちていた。例の操り人形だった。

 もぞもぞと動きだし、ふいに顔をあげてプラスチックの金色の目であたしを見つめる。感情も何もこもっていない目のはずだけど、すごくお怒り気味のような気がする。しかも気のせいなんかじゃない気もする。

 黒い物体が立ち上がると、糸は宙へと一直線にのびて、その先には十字型の木のブロック。いつものようにふわふわと歩き出し職員室の扉の近くで止まると、あたしを振り返った。その視線を受けて、あたしは腕をさすりながら立ち上がった。

 黒い犬だかオオカミだかは、廊下を歩き出してすぐに扉をくぐった。職員室の隣にあった、校長室だ。中はずっと使われていなかったみたいに、空気が淀んでいて息苦しい。

 入ってすぐの場所にはテーブルを挟んで両側に高そうなソファーが置いてあって、奥にはひときわ大きい机と、革張りの最高にリッチな椅子がある。壁際にはガラス扉がついてる棚があって、中にはこの小学校が取ったトロフィーが所狭しと飾ってあった。

 きょろきょろとしていると、校長先生の机の上が明るくなる。レゴブロックで作られたライオンが、一緒に現れた机の上に置けるタイプの鏡を見つめていた。

「完璧なスタイル、雄々しいたてがみ、誰にも負けない力、何一つ欠けたところのないオレ様」

 ブロックのくせに、意外と上手にポーズを決めて、自分に酔いしれているらしい。ライオンはあたしに気がつくと、顔をこちらへ向けてくる。

「おい、お前。オレ様の女になりたいなら、オレ様を褒め称えな」

 あたしは何と言えば良いのかわからず、口をパクパクさせる。その様子にイライラするのか、ライオンは前足を踏みならして威嚇してきた。

「えーっと、何だっけ。イケてるたてがみ、と……強い力……とにかく完璧なライオンさん。キャーステキカッコイイー」

 とりあえず適当に並べ立てると、ライオンは姿勢を低くし、大きく口を開けてまるで本物のライオンみたいな声で吼えた。その声に不本意ながら肩がびくっと震える。

「ふん! 所詮女などそんなものか。どんなに人気があろうと、オレ様と釣り合う女なんて存在しないな」

 また鏡に視線を戻してポーズを決め始めるナルシストなライオンを、呆然と口を開けてみていた。我に返ると、今度はなんだか怒りがこみ上げてくる。

「あんたさ、自分に自信があることは全然オーケーだと思うよ。でもさ、自分は良いところだけ見て、他人は悪いところだけ見るっていうの、どうかと思うよ。人気があるっていうんなら、その人気が出た理由があるわけでしょ? それってその人の良いところでしょ? あんたが自分最高って思う、それと同じ気持ちで他人も見てみなよ。そうしたらナルシスなあんたと釣り合う女がいるかもしれないじゃん」

 途中でマズったなと思ったけど、だからといって勢いを落とすことなく、知的に言うと毒を喰らわば皿までっていうやつで、言い切ってやった。ライオンは鏡からあたしの方へと視線を戻してきて、あたしは思わず顔を背けた。しかし吼えられも噛みつかれもしない。そっとまぶたを持ち上げると、机の上は真っ暗になって、ライオンと鏡は消えている。

 拍子抜けなのか安堵からなのかはわからないけど、一気に力が抜けてその場に座り込んだ。あたしにはこの劇のルールがまったくわからない。何で見せられてるのかもさっぱりわからない。

 ただ足に感じるひんやりと冷たい床が、まだ生きてるっていう実感をくれた。だけど、ずっとこうしているわけにもいかないのだろう。多分廊下であの黒いのが待っている。放っておいても、さっきみたいに何もない空間から突然現れて無理矢理案内するんだろう。自分で行くのか連れていかされるのか、選択できるんだったらあたしは自分で行く方を取る。

 あたしは二回続けて深呼吸をすると、立ち上がる。軽く埃を払って廊下に出ると、案の定あいつが待っていた。あたしが出てきたのを確認すると、黒いのはふわふわと歩き始める。そしてまた職員室の前を通り過ぎると、保健室とは対称の位置にある、つきあたりの部屋へと入っていく。あたしは部屋の入り口をくぐる手前で思わず足を止めた。正直、入りたくない。

 ここは印刷室で、先生たちが特殊なサイズや大量に印刷をするときに使うんだけど、同時に、部屋の隅は説教エリアになっていた。あたしも何度か連れてこられたことがある。入ってきた先生たちはちらっとだけあたしを見て、何も言わずに印刷して出て行った。あの一瞬の視線は今でも忘れられずに覚えている。

 あたしは覚悟を決めて、部屋へと入った。室内は今まで以上に空気が淀んでいて、思わず咳き込んだ。部屋の壁に沿って輪転機や裁断機なんかが三台、部屋のほぼ真ん中には机が置いてあって、そこで印刷したプリントをまとめられるようになっている。そして、例の説教エリアは一番奥にある、小さめの机と、向かい合わせにある二つの椅子だ。

 予感的中。説教エリアの机の上が明るくなっていて、木とひもで出来たおもちゃが座っていた。一本だけの角が生えているものの、馬みたいな顔と身体、四つの蹄を太いひもがつないでいて、身体を持つとプラプラと動くようになっている。そいつは人間が腰掛けるみたいに、椅子の方を向いて机の上に腰掛けていた。しばらく眺めていると、そいつは顔だけこちらへ向ける。

「どうした! 何を突っ立っている! 早くここへ座れ!」

 馬もどきはすでにご立腹らしい。あたしはしぶしぶそいつの前の椅子に腰掛けた。

「なんでここへ呼ばれたのかはわかっているな! 言ってみろ!」

 知りませんて。

 思わず口から出かけた本音を飲み込むと、あたしは中途半端に変な顔をして悩む。適当に言って違えば怒られる。言えなかったら言えなかったで怒られる。どっちにしろ正解じゃなければ結局怒られるってことだ。だったらとりあえず適当に言ってみた方がマシ。

「えっと、遅刻と授業中の居眠り……?」

「違う! お前は自分が何をやったのかさえわからないのか? お前の罪はもっと重いものだ!」

 あたしはそんなグレてるわけじゃないから、注意されることなんてたかがしれてるはずだ。注意されるとしたら、遅刻と居眠り。他のことなんて思いつかない。あたしが黙って考えていると、馬もどきはイライラしているように、蹄で机をコチコチと叩き始めた。

「まったく、何てやつだ。お前は自分が何でここへ呼び出されたのかもわからないのか?」

「ごめんなさい」

「ただ謝れば許されるとでも思っているのか? 自分の犯した罪を思い出せ!」

 あたしは腕を組み、唸った。頭をフル回転させているつもりだけど、全然思いつかない。これって、無実の罪のような気もしてくる。

「ほら、早く思い出せ!」

 しびれを切らした馬もどきは、立ち上がって走り出すと、あたしの頭を蹴飛ばす。おもちゃのくせにそれこそ本物の馬に蹴られたんじゃないかってぐらいに、あたしは椅子ごと後ろに倒れた。倒れたというよりは吹っ飛ばされたと言った方が近いくらいだ。

 意識が飛びそうになりながらもなんとか平衡感覚が戻ってきて、上半身をそっと起こしてみる。目を開けても視界がぼやけている。じっとしていると次第に焦点が合ってきた。はっきりと見え始めた視界の中で、机の上にいたあの馬もどきはいない。

「罪を思い出せ!」

 突然耳元で声がしたと思うと同時に、首元に鋭い痛みが走る。あたしは声の主を避けるように身体をよじり、首元を押さえる。手にはべったりと赤い血がついていた。

 馬もどきの額についてる長い角は赤く染まっているが、それを気にしないように姿勢を低く構えると、あたしに向かって突進する。

「思い出せ!」



「ねえ、ちょっと奈那! お願いだから起きて!」

 あたしは勢いよくまぶたを跳ね上げた。あたしを揺さぶり起こしていた母さんと目が合うと、母さんは力が抜けたようにベッドの脇に座り込んだ。

「良かった。心配させないでよ。死んだのかと思ったじゃない」

 そう言いながらも首を絞めるみたいに、右手であたしの首元を押さえつけていて息苦しい。あたしはその手を剥がそうとしたが、手を離してくれる気配はない。

「やめなさいよ。あんた、痛くないの?」

 何が、と言いかけたのとほぼ同時、母さんの手を剥がそうとしていた右手がぬるっと滑った。まだ固まっていない血だ。

 あたしは叫び声を上げながらベッドを飛び出した。枕から掛け布団までサスペンス映画みたいに血がついている。その血を見て、あの馬もどきに突進された首元の痛みが蘇ってきた。人生最大最悪に痛い。

 クローゼットの扉の内側にある鏡に映してみると、寝間着の首周りまでもがホラーテイスト。あたしは思わず、三流映画でみっちり二時間怖い思いをするヒロインチックに叫び声を上げた。でも鏡に映った、血を出しながらすごい形相で叫んでる顔は超一級に怖い。

 叫ぶことしかできないあたしの代わりに母さんがタオルを持ってきてくれて、傷口を圧迫するように巻き付けて着替えを持ってきてくれる。あたしは荒い息を整えながら、とにかく着替えた。

 そして部屋を出ると何も口にしないまま母さんに連れられて病院へ行った。医者の検査によれば大切な筋とか何とかからはズレていて見た目ほど酷い怪我では無いらしい。綺麗に包帯を巻いてもらってむち打ち患者みたいな外見になって家に帰った。

 とてもじゃないけど何かをする気分にはなれなくて、キッチンの椅子の上で三角座りをして、ただ時計の秒針が回るのを眺めていた。

 母さんは向かいに座り、その様子をじっと見つめていた。

「ねえ、あんた。もしかして最近、尻のあざが消えたりしてない?」

 母さんへ目を移す。

「消えてはないけど……ああそういえば、この間スライディングしたときにザリザリっと」

 思い出したら首だけじゃなく尻も痛くなってきた。この間の放課後、男子と決闘したときに思いっきり擦ったのだ。スカートのままじゃなく決闘前にちゃんとウェアに着替えれば良かった。まあ勝ったからいいけど。

「夢に殺されるって言ってたけど、もしかしてその頃からじゃない?」

 あたしがピエロの夢を見たのは確か水曜日だ。決闘は火曜日の夕方。

「言われてみれば……ってこれどういうこと? 尻のあざと夢が関係あるの?」

 母さんは無言のまま立ち上がり、タンスの中をゴソゴソとかき回す。そしてボロボロの封筒を持ってテーブルに帰ってきた。封筒から取り出した少し黄ばんだ紙を丁寧に広げる。

『西宮神社 御堂仁雅』

 かすれた鉛筆で、紙の中央に書かれていた。達筆だ。

「ん? 未紀んとこのじーさんじゃん」

「え? 知ってるの?」

「うん」

「ならちょうどいいわ。行きましょう」

「え? 今から?」

 母さんは答えもせずに鞄を取り出し、先ほどの封筒と財布とスマホを突っ込む。険しい表情のまま玄関へ向かう母さんの背中を慌てて追った。

 道中、ほぼ無言だった。というか、早歩きどころか若干駆け足ぎみで会話する余裕もない。神社の石段の前で立ち止まり、先を見上げながら二人とも息を整えた。

 母さんは意を決したように石段に足をかけたが、すぐにペースが落ち始める。ここは若さと体力で先に行こう。あたしは一気に石段を駆け上がる。
首元の包帯が最悪に蒸れる。下をのぞき込むと、半分くらいの位置にいる母さんと目が合った。

 本殿の中を覗くと、いつものようにじーさんは寝そべって御神酒を旨そうに飲んでいた。あたしは許可なく靴を脱いで上がると、じーさんは軽く手を上げ、読みかけていた本を閉じて座り直す。

 あたしが向かい合うように座ると、じーさんは複雑そうな表情を浮かべ、低く唸りだした。あたしはいつものへらへらした雰囲気のないじーさんが薄気味悪くて、何と声をかけていいかわからない。じーさんはやがて決心したように顔をあげると、重い口を開いた。

「奈那。現実は辛く厳しいかもしれんが、これはお前さんのためだ。言っておこう。良いか? いくら首にしっかりと包帯を巻いても、首は長くも細くもならん。諦めろ」

「うわほんっとマジで一度死ね」

「ワシが死んだら世界中の美女が嘆き悲しむ。とてもじゃないがそんな辛い思いはさせられんな」

 じーさんは上機嫌でへらへらと笑う。それにつられるようにあたしも笑った。

「それで、実際のところは何をやらかした? 医者には診せたか?」

「医者には行ってきたよ。別にヤバくはないんだって。じーさん、聞いてくれる? すごく変な話だけど、最近夢に殺されかけてんの。全然信じてないあたしが、もう神様仏様ってくらいにヤバい」

 じーさんは白い無精ひげのある顎をさすり口を開きかけて、ふと遠くを見つめる。振り返ると、母さんが本殿の前で頭を下げていた。





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