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【ショートショート】願い事ひとつだけ#たいらとショートショート

 トイレに行きたい。でもそんなこと、絶対口に出せない。


「ご主人様。願い事をひとつおっしゃってください」

 目の間に現れたペッパーくんがのんびりと訊ねてくる。


 不運にも、僕の家のトイレが詰まってしまった。

 自分で何とかしようとラバーカップを買ってみたものの、どうしても直らない。何でも屋さんに電話したのだが、あいにく忙しいらしく到着が2時間後になるらしい。それではデートに間に合わない。

 近所のコンビニのトイレを借りていたが、どうやら誰かが入ったまま出てこない。それに3回目になると店員がジロジロとこっちを見てきて、コンビニ内に長居もできなくなってきた。

 諦めて、彼女と待ち合わせしているお店に向かう。ホテルの中のお店だから、まず間違いなくトイレには行けるだろう。

 足早にお店に向かう道中で、道に落ちていたipadを拾った。

 ぱっと確認した様子だと傷はついていないが、電源はつかない。それでもさすがに交番に届けてあげないと。

 表面の砂ぼこりをさっと手で拭った時、そこからホログラムのペッパーくんが現れたのだ。


「あ、でも願い事を増やしてください、っていうのはダメですよ」

 なかなか答えられず沈黙が続く中、茶目っ気たっぷりにペッパーくんが付け加える。

 僕は腕時計を見る。約束の時間に10分遅れている。せっかちな彼女のことだ。イライラしているだろう。早く行かないと。

「ちょっと、後にしてもらっても良いですか?」

「…………入力に失敗しました」

「彼女が待ってるんです。デートの後で願い事を言うのはダメですか?」

「…………入力に失敗しました」

「えっと、じゃあここでいいので待っててください。後で戻ってくるので」

「願い事は、ここで待つ、でよろしいですか?」

「……キャンセルします」

 ペッパーくんが叶えてくれる願い事はひとつと言っていた。これでは、「待つ」が願い事で、帰ってきた時には何も叶えてもらえない。

 どうしよう。時間はどんどん過ぎていく。膀胱はパンパンだ。彼女はお店でイライラして待っている。

「30分、時間を戻してください」

「願い事は、30分時間を戻す、でよろしいですか?」

「はい」


 僕は、早めに到着したホテルのトイレで用を足し、予約していたお店に入る。彼女はまだ到着していない。

 ぎりぎり間に合った。

(924字)



たいらさんが素敵な企画をされていたので、乗っかってみました。

【企画内容】
100~1000字程度のショートショート
「#たいらとショートショート 」を付けて投稿。

最初の一文
・トイレに行きたい。
最後の一文
・ぎりぎり間に合った。
たいら@ショートショート


お題が出たのが先月末なので今更感があるかもしれませんが、なかなかトイレにたどり着かなかったのです。許してください。

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