【小説】トイレに行きたい女神様(1060字ショートショート)
トイレに行きたい。
「あなたが落としたのは、2022ワールドカップカタール大会公式球の『アル・リフラ』ですか? それとも、2018ワールドカップロシア大会公式球の『テルスター18』ですか? それとも……」
久しぶりにボールを蹴りたくなった。サッカークラブに入っていたのは小学校低学年だから、もう15年以上は昔のことだ。
休日。ボールを買い、家の裏の公園でサッカーをしていた。しばらく蹴っていると、ボールが飛んでいき、噴水にボールを落としてしまった。
そしたら、噴水がぼこぼこ鳴ったかと思うと、女神様が現れた。
「それとも、2014ワールドカップブラジル大会公式球の『ブラズーカ』デスカ? ソレトモ……」
女神様は噴水の中から次々とボールを出し、説明してくれる。だんだんと早口になっている気がするのは、気のせいだろうか。
僕が小学生だった頃、サッカーを始めるきっかけになった2006年のワールドカップのボールまで、もうすぐか?
でも、トイレに行きたい。
膨れあがった膀胱が破裂しそうだ。
「ソレトモ……」
女神様は早口で続ける。
もうダメだ!
「いや、あの! 僕が落としたのは、スポーツ用品店で買った普通のサッカーボールです。1500円の」
値段を言う必要はなかったかもしれないが、誤解されないようできるだけ正確に伝える。
女神様は、大きく目を見開く。
「あなたは正直者ですね。ボールを全部あげましょう」
そういうと、歴代のワールドカップで使われたボールを僕に渡してくれる。
2022、2018、2014……。
おっ、この流れは! と思ったが、やはり話を聞いたところまでのようだ。
3球のワールドカップ公式球を渡したあと、女神様は僕が落とした普通のボールも返してくれる。
「あの……2006年の『チームガイスト』は貰えませんか?」
図々しいお願いだと理解しながら、思い切って聞いてみる。
すると、女神様は怒ったように言った。
「あなたは、ワタシの話を途中で遮りました。最後まで聞いておけば、貰えたかもしれませんが、残念でしたね」
噴水から現れた女神様に説教されるという、世にも奇妙な経験をしている、ナウ。
女神様は続ける。
「それに。ワタシは、トイレに行きたいのです。ソレデハ、サヨウナラ」
最後は早口で言い切ると、噴水にザザッと沈んでいき、すぐに消えた。
なんだ。女神様も僕と一緒か。
ホッとすると、膀胱が緩みそうになった。
「危ない!」
4球のボールをなんとか全身を使って抱え、僕は急いで公園のトイレに駆け込む。
ふう。ぎりぎり間に合った。
《終》
最初の一文
・トイレに行きたい。
最後の一文
・ぎりぎり間に合った。
この2つを先に決めてから書きました。
あと、テレビでなでしこジャパンの試合をやっていたので。
皆さんの”トイレに行きたい話”も、読んでみたいなあ……。
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