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【掌編小説】ある朝突然、世界は終わる#春のゆびまつり2023

(読了目安3分/約1,650字+α)


 私は夢を見ていた。

 よく晴れた夏の海、いかだ型の浮き輪の上で大の字になっている。いかだが波に乗り、沖から遠く流されていくのはわかっていた。日の光は燦々と降り注ぎ肌を焼く。仰向けに寝転がる私の背中はじっとりと汗をかく。

 このまま流されればどこへたどり着くのだろうと思いながら、涼を得ようと海面へ指先を伸ばし、そこで目が覚めた。


 体は汗をかき布団までジメジメして若干生臭い。タイマー設定していたエアコンも動いていない。手元にあったリモコンに手を伸ばし、つけようとするがまったく反応しない。そういえば電気をつけたままだったように思うが、それも消えている。

 ああ、もう、と思いながら寝返りを打ち、慌てて飛び起きた。

 敷布団が汗のせいでじめっとしているのかと思っていたが、そうではない。いつもの敷布団ではなく、表面がつるっとして弾力のあるマットに変わっている。

 というか、これは、はんぺんだ。

 寝ている間に敷布団が同じサイズのはんぺんに変わるなんてことがあるのだろうか。

 私は枕元に置いてある携帯を手に取る。何もわからないだろうけど、WEBで「敷布団 はんぺん」と検索してみたい。

 携帯を指紋認証で開こうとして、親指を乗せた瞬間、携帯がひんやりと弾力のあるはんぺんに変わった。

「へ? 嘘でしょ?」

 元携帯をくまなく検分するが、ぷるんとしなるはんぺんだ。私ははんぺんを握りながら、はんぺんに座り込む。もしかしたら、と思いそっと枕に手を伸ばす。手が触れた瞬間、厚みと弾力のあるはんぺんになる。

 どうやら私には触れたものをはんぺんにする特殊能力があるらしい。これではうかつに何もさわれない。私はすっかり冴えた頭をフル回転させて、起きてからの行動を振り返る。

 エアコンのリモコンはリモコンのままだ。あの時私は左手でつけようとした。私はティッシュをそっと左手で取ってみる。ティッシュのままだ。念のため手のひらをつけたり、すべての指で触ったりしてみるが、何も変化はない。そのまま右手に持ち替えると、ちぎれて落ちてしまった。端の方を持ったのが悪かった。厚さ1mmもないはんぺんの端を持ったばかりに、重さに耐えられずちぎれてしまったのだ。

 私はしばらく職人芸のような仕上がりの元ティッシュを眺めていたが、もう一度元携帯を見る。これを手にとったとき、まだ携帯だった。

 化粧ボックスから綿棒を取り出す。綿棒の先で確認していくことにした。

 左手で綿棒を持ち、右手をなぞるように触れていく。小指、手のひら、薬指、中指、人差し指と進み、親指へ到達したとき、綿棒は細切りのはんぺんになった。

 私はもう一本綿棒を取り出し、じっくりと親指に触れていく。どうやら、親指の指紋が渦巻きになっているところに触れるとはんぺんになるらしい。

 私は元ティッシュを折りたたみ、親指に乗せるとテープでぐるぐる巻きにする。これではんぺんは増えない。とりあえず、病院に行こう。

 私は化粧も着替えもあきらめて、アパートを出た。ただ、一縷の望みを捨てきれず元携帯は一応ポケットに突っ込んでおく。


 外は思い描いていた光景とはまったく違った。道路には車が一切走っておらず、信号機は消えている。人影もなく、植栽は枯れ果て、空は雲が覆っている。足元が白くなっているが、どうやら灰が積もっているようだ。世界が灰色だった。

 私は歩道を歩きながら、近所の内科へ行ってみる。いつも満車の駐車場には、一台も車がなく、内科は電気がついていない。私は病院の玄関前のステップに腰かける。

 どうやら世界も何かが起こっているらしい。身の回りにはんぺんが増えることが些細なことのように感じてきた。

 どこから来たのか、三毛猫が私に近寄ってくる。私の隣に座ると喉を鳴らす。私は持ってきていた元携帯をちぎり、猫の前に置いてみる。猫は匂いを嗅ぎ、舐めてみて、やがては食べ始める。

「君の食べられるものがあって良かったよ」

 灰色の世界の中、はんぺんを食べる猫を私はずっと眺めていた。




ピリカ様の春ピリカグランプリ2023が白熱の最中、募集が締め切られました。
111本の指のお話が集まったそうです。3本指みたいですね。ナマケモノでしょうか。

6/3に結果発表予定とのことですので、参戦された方もそうでない方も、投稿されたお話を楽しく読んでいることと思います。
そんな中、ピリカ祭りの後夜祭を庭先から眺めながら、「#春のゆびまつり2023」と題して、ゆるゆると「指」の掌編をアップしております。


今回のお話は昔書いたものです。
この頃、何故か「ねりもの」のお話を書き連ねていて、「指」がテーマというよりも「ねりもの」がテーマなのです。でも、親指の指紋のグルグルの真ん中って、何かパワーがありそうな気がしませんか? しませんか。そうですか。

そういえば、同じころに書いていた「カニカマ」の話も過去にアップしています。よろしければこちらもどうぞ。


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