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弧を描く白い絵の具

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。
いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。

『霜柱を踏みながら 1』


奈良なんて田舎やん、そんなところに引っ越すのは嫌や。私は内心そう思っていた。そして口に出せないその思いを微々たる態度で両親に抗議していた。でも、そんな子供の微々たる抗議が聞き入れられるはずもなく、引っ越しは決行された。私の気持ちなど蚊帳の外だった。

それは小学三年生になったばかりの頃だった。引っ越しと同時に大阪の小学校から奈良の小学校に転校した。大阪の小学校は街中にあり、周りには公園や商店街や音楽教室などがあって賑やかだった。私はその音楽教室でエレクトーンを習っていた。教室主催の発表会にやっと出演が決まって張り切って練習しているところに引っ越しの話が耳に入ってきたのだ。私が発表会に出たい出たいと抗議するので両親が音楽教室に頼み込んで引っ越ししても発表会にだけは出してもらえることになった。救いといえばそれだけが救いだった。でもそれが終わると夢がなくなり大阪よりはるかに田舎っぽい雰囲気のある奈良での生活が待っていた。引っ越しの理由は、父親の仕事の関係ということと、かなり後になって知ることとなるのだが私の持病が関係していたらしい。私は当時小児喘息という持病を抱えていた。夜中に何度も発作を起こし父が私を背負って病院に駆け込んだことは数えきれないくらいあったそうだ。いろんな治療法を試したがなかなか良くならず、医者に「空気のいい所へ引っ越してみてはどうか?こんな空気の悪いところにいたらこれ以上良くなることはないかもしれない」と言われ引っ越しを決断したと中学生になってから母から聞いた。私の持病と父の仕事とどっちの割合が多いのかはっきりして欲しいと詰め寄ったが「そんなのどっちもどっちだ」と母はつれなく答えた。でも小学校を卒業する頃になると私の小児喘息の症状はほとんどなくなっていて病院に通うこともなくなっていた。あの時の医者の判断は正しかったのだろう。

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