島本理生「生まれる森」感想

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良いと感じたところを適当にあげて、感想を書いてゆきます。

サイトウさんに出会ってから深い森に落とされたようになり、流れていく時間も移り変わっていく季節も、確かに見えているのに感じることができない、なんだかガラスごしに眺めている風景のような気がしていた。抜け出したと思ったら、本当は最初から最後まで同じ場所を周っていたり、どんなに歩いても一向に見えない出口に疲れたり、生きてるって何だろうなんて最近の会話では冗談以外でめったに口にしないことについて本気で悩んでみたり。

”サイトウさん”がカタカナ表記なところに切なさを感じる。”斎藤”さんか、”斉藤”さんか、もしくは違う表記なのか、本当は知っているけどわざと見ないようにしている考えないようにしている、という風にも捉えられるし、もしくは本当に知らない、なのに苦しいくらい思い詰めちゃう、辛い。という可能性もある。いやでもこの人の講義受けてるわけだし知ってるか。じゃあやっぱ前者だな。

相手の事を考えたり想ったりすることで色々と見失う事を『深い森に落とされる』と表現するのはいいなと思った。その状況に陥ることはあまり良くない事なんだろうけど、誰しもは一度はあるよね、うん。

ふいにこちらを見上げて言った。真剣な顔だった。唐突にこういう顔をした時のキクちゃんは、その視線が向けられた相手を彼女の恋人みたいな気持ちにさせる。

キクちゃんの人間的な魅力というか、女性的な魅力(性的な意味ではない)というか、そういうものが一番伝わってきた表現。私はこういうわかりやすい表現が好きです(単に難しい表現が分からないだけ)。

そうですね、と相槌を打ちながら、街路樹の葉と葉の間でひっそりと輝いている月を見上げた。路上のごみ捨て場を一匹の大きなアゲハ蝶が飛び回っていた。放置されて穴の開いたゴミ箱のまわりを、黒と黄色の羽を広げて揺れている。

街路樹=森。月=雪生(今のところ)、森の出口から少しだけこちらを照らしている光。放置されている穴の開いたゴミ箱=主人公の心情。アゲハ蝶=主人心に寄り添う雪生(キクちゃんも?)

この文章の前の「一緒にいたら影響されるのは当然だよ。抵抗しなくていいんだよ」で主人公の心大分軽くなったんじゃないかな~。そしてこの表現につながる。秀逸。

最終的な目標は『森』から出ることとはしているものの、その最中だからこそ見える繊細なものたちに気付いてほしい、と島本さんはおっしゃっております。そうだよね、そう考えれば、苦しい状況にあってもすべての事に意味はあるって思えるよね。


はい、こんな感じでした。とても読みやすかったです。島本さんの他の作品、ちまちま読み進めているのでまた感想あげていきたいと思います☺

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