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カイゴはツライ?第11話~家庭的ケアと放漫介護

「家庭的なケア」といいながら、各担当職員が自分のやり方で好きなように高齢者の世話をしているような毎日が続いていた。職員間には仕事に対する熱意や力量に差があり、利用者が受ける影響は大きかった。ユニットという閉じられた空間で仕事をしているため、職員ひとりひとりの仕事ぶりはお互いに見えにくく、上層部が把握することも難しかった。なかには、「お年寄りはのんびりしていればいい」と言って、離床介助や入浴介助を怠ける職員もいた。ユニットケアというのは、手を抜こうと思えばいくらでも手が抜けるのだ。まさに家庭における家事といっしょである。統制の取れていない、それぞれが勝手な介護をしている現場を目の当たりにして、ユリはこんなやり方がいつまで続くのか、いつか大きな事故が起きるのではないかと不安だった。ユリは元々貧乏性で、手を抜くということがうまくできない。家でもじっとしていることがない。時間が空くとなにかすることがないか、今のうちにできることはないかと頭をめぐらした。記録に時間を割くことも無駄に思えた。こまめに要領よく短時間で済ませればいいことだと考えていた。ユリがもっとも不可解で納得がいかないのは、他の職員が介護記録を書くことにあまりにも時間をかけていることだ。一つの行為が終ったなら、その都度記録をすればいいのに、多くの職員が何時間分もの行為をまとめて書いている。時間がたてば記憶も薄れるため思い出すのに時間がかかるようで、記録を書くために居残っている職員もいる。書く量が多いので、どの職員も、どっかりと椅子に腰を下ろして書いている。乳幼児施設で立ったまま記録を書くことに慣れていたユリには、理解しがたかった。ユリがもっともイラついたのはやはり深田さんである。深田さんは、いったん記録を書き始めると、他のことがほとんどできない。ナースコールが鳴ろうが、利用者さんに何かを頼まれようが、なかなか動こうとはしなかった。小さな几帳面な字で、ゆっくりと書いている。時間がかかっているといったって、なにも難しいことを書いているわけではない。「ナースコールあり。対応する」「食事全量摂取」など、一行にも満たない定型文を書いているだけなのだ。そんな深田さんだが、長所はもちろんある。50代の男性は普通家事などできないものだが、深田さんは掃除、洗濯、皿洗いなどひととおりのことができた。要領は悪かったが、ていねいだった。家事を一から教えなくてもよいのが唯一の救いだった。

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