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カイゴはツライ?第10話~すっかりベテラン気分

ユリはいつしか深田さんとは距離を置くようになった。というより無視するようになったというのが本当のところだ。ある種の悪意さえ持つようになっていた。深田さんの人当たりのよさは、どこか世間を舐め切ったかんじがして不愉快だった。深田さん自身、口うるさい利用者のことを「下で下でに出ていれば間違いないですよ」「ハイハイって返事しておくのが一番ですよ」と、他の職員に得意げに語っていた。ユリには、利用者がそれほどお目出度いとは思えなかった。どんなにいい関係であったとしても、職員のちょっとした不注意や失言で、信頼関係が一気に崩れてしまうなんてことはよくあるからだ。そのことがわからず、利用者を年寄りとして舐め切っている深田さんが、底の浅い人間に思えてならなかった。会社を経営していたとか、役員だったとかで、清算時にはずいぶん苦労したらしい。そういった苦労からみたら、介護の仕事など取るに足らないものかもしれない。だが、深田さんからは苦労した人間の苦悩というものがまったく伝わってこない。ユリは次第に深田さんに対し、悪意を持って接するようになっていった。深田さんが相手によって態度を変えることはよくわかっていたので、わざとぞんざいな言い方をしたり、大変な仕事を押し付けたりした。次の日が深田さん一人の勤務であることをわかっていながら、入浴や掃除をあえてせずに残しておいた。深田さん自身も、次の日が自分ひとりであるとわかっているのに、特に前日に準備をしたりということもなかった。そして自分ひとりの日、入浴などは「声をかけたが、拒否があったので不浴としました」と言って悪びれないのだ。シーツ交換などもしないでそのまま。忙しくて手がまわらなかったので、次お願いしますというような一言は全くない。ユリが意地になってしないでいると、他の職員が、1週間以上シーツ交換をしていないことに気づき、どうして誰も気づかないのかといった言い争いになってしまう。ユリは自分が無駄なことにエネルギーを費やしていることはわかっていた。少し我慢して深田さんと協力すれば仕事はもっとラクになるし、なによりも利用者さんが不利益を被ることがないのだ。わかっていながら改めることができなかった。

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