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カイゴはツライ?第23話~あっという間に終わった実技試験

実技試験の試験会場は郊外の大学だった。実技試験は一人ずつ行うので人手と時間がかかる。学生が多く駆り出されていた。国家試験の補助を務めるとあって学生も緊張しているのだろう。担当女子学生の表情は硬かった。待ち時間は意外に短く、すぐに順番が回ってきた。左片麻痺の利用者をトイレ誘導する課題だった。
 ユリは深呼吸をして実際の利用者に接するつもりで臨んだ。トランスファーなどの介護は講習で習ったことを着実に実施し、声がけは普段通りに行った。つい熱が入り、若い女子学生相手に、恐怖を和らげるため、安心できるような声掛けや手助けを必死に行い、あと少しでトイレの便座に着地というところで終了の合図がなった。
 無我夢中だった。何をしたのか、危険行為はなかったか、決定的なミスはなかったか、詳細を思い出すことはできなかった。筆記試験と違い、合否がまったくわからなかった。とにかく終わった。その思いだけだった。結果発表までは試験のことを完全に締め出し、日々の業務に打ち込んだ。ユリにはくよくよ思い悩まないという特性があった。過去のこと、終わったことを気にしない、いつも今現在のことと未来のことばかりを考えている、それがユリだった。
 1か月後、ユリは晴れて合格証書を手にした。自らの手で勝ち取った国家資格である。合格率は50%ほどで、決して難関資格というわけではないが、免除制度も利用せず、リスク覚悟で試験に挑戦した自分の選択を誇らしく感じた。「試験」を忌避する人、傾向は世の中全体に蔓延しつつあるとユリは感じていた。ベビーブーム世代の過熱競争の反動なのか、少子化時代となり、試験や競争が悪者扱いされ、小学校でも運動会で順位を付けないなど過剰な競争・試験忌避がみられるよになっていた。ユリにはそのような風潮が一部の教育専門家が称賛するように、平等で子どもにとってやさしい社会とは思えなかった。

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