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カイゴはツライ?第15話~あつあつごはんに苦情がくる

もめにもめた各ユニットでのごはん炊きは、ひとつのフロアで共同で炊くということに落ち着いた。言いだしっぺであるユリたちのユニットを含む3ユニットが、大きな炊飯器で1週間ごとに順番でごはんを炊き、同じ階のそれぞれのユニットの小さな釜に分けるというやり方である。1階の厨房で炊くのとどれほどの違いがあるのか…ユリはバカバカしく思ったが、松岡さんは自分のアイデアが起用されたことで満足そうだった。朝だけは厨房に依頼することにして、昼と夜は朝の配膳カートに米を用意してもらった。
はじめてユリたちが自分のユニットでごはんを炊いた日、どう?ごはんの炊ける匂いっていいでしょ?主婦時代を思い出した?とばかりに、利用者さんにアピールしてみたが、比較的元気でおしゃべり好きな3人のおばあさんたちの反応はいまひとつだった。「ごはん炊けるにおいやね」とは言ってくれたが、それだけである。ショートステイの利用者さんは、「ここの厨房はごはんも炊いてあたらんのか?あんたら大変や」と憤慨し、同情してくれた。そうではないと説明しながら、ユリは複雑な気持ちになった。
それでも、今までとは違い炊きたてのごはんを提供できる、そんな弾んだ気持ちでさっそく、あつあつのごはんをよそって配膳した。そして思いがけない利用者さんからの苦情を受けて、謝罪することとなった。
身体の右半分が麻痺している矢田さんは、左手でスプーンを使って食事をしている。思うように動かせない左手に悪戦苦闘し、汗をかくのでいつも首からタオルを下げている。そんな矢田さんが、炊きたての、あつあつごはんに対し、「こんな熱いもん、年寄りに食べられっかいね!ちょっこし冷ましてもってこんかいね!」と、泣きながら怒って訴えるのである。隣に座っている吉本さんも、「熱い!熱すぎるわ、このごはん!こんなん食べれん!」と怒り、仲良しグループの仲間である後藤さんまでが、「炊きたてはいいけど、あんまし熱て難儀やわ~」と顔をしかめて訴えるのである。気難しい男性利用者は大声で「熱い!」と言ったきり、ごはんには見向きもしないのである。ユリたちは、すみません、ごめんなさいと平謝りに謝った。このことをユニットリーダーの松岡さんに報告すると、せっかくの自分たちの好意もわからず…というような返事だった。それに加え、利用者さんたちの切実な訴えに対し、小バカにしたような言葉さえあった。ユリは不愉快に思うと同時に、松岡さんが利用者さんのことなど全く考えていないことがわかり心底がっかりした。松岡さんの考えはともかく、みなはそれ以後、早めにごはんを炊きあげて、少し冷ましてから配膳するようになった。1週間がたち、他のユニットに炊飯器をわたすと、やれやれと思った。

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