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カイゴはツライ?第8話~50代の新人男性職員に戸惑う

半年がたち、ようやく勤務に慣れた頃、ユリの担当するユニットに新しい職員が入ってきた。4人で変則勤務をこなすのは大変だったため、新しい職員が加わり、5人体制となるのは嬉しかった。50代前半のおじさんで、何か事情があって、介護の仕事に就いたようだ。会社が倒産したとか、リストラにあったとか、噂は流れたが、真偽はわからない。50歳を過ぎると再就職が難しく、人手不足の介護業界に流れてくる男の人が多いと聞いた。給料はずいぶん減るだろうが、生活は大丈夫なのか、そんなことも言っていられないほどの切迫した状況なのか…ユリは他人事とは思えずひそかに同情した。介護に関しては、全くの素人である50代の新職員深田さんは、右も左もわからない様子で、突っ立っていることが多く、動きは鈍かった。ユリも最初の頃は同じだったので、あまりイライラせず、長い目で見ようと思った。半年がたった今では、ユリもいっぱしの介護士気分で、「まわすこと」に重点を置いていた。要領の悪い職員や動きの鈍い職員には苛立つことも多かった。深田さんは腰が低く、物腰が丁寧である。いつもニコニコしており、利用者には優しい態度で接している。だが、仕事の飲み込みは非常に悪かった。年のせいもあるだろうが、ユリには、なんだか覚える気がないように思えた。ユニットケアなので、業務の流れというのは、従来型のように決まってはいない。入浴介助や居室掃除、リネン交換など、自分で時間配分をして動かないと業務がたまり、勤務時間内に終らなくなってしまう。どんなときでも利用者が尿意を訴えれば、トイレ誘導もしなければならない。ユニットに職員が2人勤務していれば、お互いが相手の動きを把握し、協力しなければ、10人の利用者をケアすることはできない。深田さんは、そういったことが苦手のようだった。いつまでたっても自分から動こうとはせず、指示されなければ何もしないのだ。いずれ自分ひとりでこなさなければならないときが来るのだ。そう思い、ユリはあるとき、なるべく自分は動かず、指示も出さず、補助的な仕事にまわってみた。深田さんは手持ち無沙汰な様子で突っ立っているだけであった。ユリが座って記録を書くと、深田さんも座って何かを読んでみたり、ユリが他の職員と話をしていると、側でいっしょになって聞いていたり、一時が万事この調子なのだ。長い目で見ようと決めていたユリであったが、イライラが頂点に達してしまった。深田さんに、思い切って、しかし失礼にならないように気をつけながら聞いてみた。「深田さん、何をしていいのか、わからないんですか?」深田さんは意外にもきっぱりと返事をした。「いいえ。私は自分のやるべきことは、心得ていますよ」ユリはなんと言っていいのかわからなくなった。

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