【日常エッセイ⑤】反田恭平さんのトークショーへ行ってきた

「トークショー?!え?ピアノ弾かないんですか?」

これは、反田恭平さんのトークショーのチケット購入成功に有頂天で大喜びし、チンドン屋の如く報告しに周る私を取り巻く人々のセリフ。

え?ピアノ弾かないと何かおかしいんだっけ。
あの日本で最もチケットが取れないピアニストと言われる反田恭平のトークショーだよ?
リサイタルなんて即完売の反田恭平だよ?
ナマで会えるんだよ?何か問題でも?

一瞬でたくさんの思惑がオタクの頭の中を早口言葉で駆け抜けて行ったが、そうだ、反田恭平さんは、一般的には「とっても凄いピアニスト」として知られているんだった。反田さんと言えば、ピアノを弾いている姿を思い浮かべるのが世の常なのだ。

反田さんが人生初モンブランを食べて「栗。」と言ったり、ご自身の会社について美しい理路整然さをもって語ったり、「睡眠を取る日は12時間から14時間くらい寝て、仕事してYouTube見て、ピアノ弾いてない!なんてことよくあります。」と息抜き方法をラジオで語ったり、なんていうピアノを弾いていない姿は一般認識としてはデフォルトではないのだ。

そう、ショパン国際ピアノコンクールで51年ぶり日本人第二位という快挙を成し遂げたからといって、常にピアノと一心同体でいるというかたではない。なぜなら反田さんの鍵盤は反田さんの頭と心臓の中にある。(ご本人は嫌がるかもしれないが、どうしたって天才と言わざるを得ない。しかしその天賦の才のえだはピアノという区切りの中には収まらず、クリエイティブ全般方向に伸びている)。私にとって反田さんは、「時空を越えさせてくれる音を生んでしまう、とても素敵な音楽界の未来設計士」だった。

だから、トークショー、しかもわりと壇上と客席との距離が近い、大好きな本屋のホールで会えるなんて、2022年の喜び総決算のような、飛んで喜ぶ大イベントだった。

そしてそれを実現化させてくれたのは、幻冬舎の若きエース、木内旭洋さんだ。

トークショーでのエピソードによると、木内さんは本来営業マンなのに、この本のために編集人をされたそうではないか!YouTubeでもお話しをされていたが、木内さんは、ID読み取り間違えにより、反田さんとは別の「キョーヘイさん」へ熱い思いのたけを1年間送り続けていた、という愛らしい過去を持っている。しかし、雨にも負けず風にも負けず、その後本物の反田さんへと企画を提案し続けた木内さんのこの熱意と愛情なくして、私の2022喜び飛び上がり大イベントは現れなかった。

営業マンとしても、編集者としても最高のお仕事をされた木内さん。

木内さんが「反田さんの本を作りたい」と強く思い、行動に起こして下さらなかったら。あんな素晴らしい本をこの世に誕生させて下さらなかったら。この紀伊國屋ホールでのハッピータイムは生まれていなかったのだ。

そして数ある出版オファーの中から木内さんが選ばれていなければ…!

反田さんは、木内さんと共に本を作り上げることを決めた理由として、「僕のことを生い立ちから見てくれていたし、成人してからもSNSでずっと追いかけてくれていた」「何よりも彼が一番最初に声をかけてくれたから信じてみようと」と仰っていた。

反田さんと小学校中学校を共にした木内さん。トークショーの中で「帰る方向も似たような方向でね(反田さん)」「僕勉強大好きだから(反田さん)」「ほんとですか?中学生の時そんなこと聞いたことなかったけど…(木内さん)」「ずーっと遊んでたけどね(反田さん)」なんて、反田ファンが聞きたい幼少時の面白エピソードをサラリと引き出してくれるのは、木内さんのふんわりした温かいお人柄ならでは。そして、壇上した時にとても緊張されていた木内さんの懐にふっと入って、くすぐり和ませようとした、反田さんの「優しさ」からほどかれて生まれて行った言葉でもあった。

反田さんの自叙伝である「終止符のない人生」は、人への優しさと愛情に溢れる、そして生きることへの素晴らしさをより実感させてくれる素晴らしい本だ。なにより、読んだ後に自分まで少し頭が良くなったような、生きているだけで自分でも何か出来そうな予感がするような、何かとっても素晴らしいことを発見した気持ちが生まれる不思議な魔法の本なのだ。「自分が出来ることでみんなが喜ぶ何かを見つけて頑張ってみたい」という気分にさせてくれる。

反田さんは、努力の方向が正しい方を向いているかを見極め、人のために自分の才能を使う人だ。こういう人を「天才」と呼ぶと、「天才」という言葉の価値もさらに深みを増すではないか。

反田さんの素晴らしさを知るには、まずは反田さんのピアノを聴けば良い。さらにもし、反田さんの頭の中を覗きたければ、そして人々への愛情を仕事へと昇華する方法を知りたければ、この本を手に取れば良い。

この90分間のトークショーで、温かな左手の伴奏のような、誠実で柔らかい会場の空気を作る木内さんの優しさに、右手のメロディは反田さんの明快さ、「猫のワルツ」のような聴衆を飽きさせない優しい気配りのリズムが乗り、木内さんと反田さんが創り出すひとつの曲目を聴いているような、豊かな空間を味わわせて頂いた。

今回最も心に響いた言葉。
「もしもショパンにひとつだけ質問が出来たら何を聞きたいですか。」
「質問というよりお願いかもしれません。一緒に弾いてくれませんか、と。言葉はあまりいらないかもしれない。なにか分かるものがあると思うから。」

ピアノを弾いていない姿でも会いたいと思わせるピアニストと、それを実現してくれた出版社の若きエース。たくさんの愛から生まれたこの本に心からの賛辞を送りたい。

「終止符のない人生」が「ピアノの森」の作者一色まこと先生による描き下ろしカバー版で新たに発売され、それに伴い記念のトークショーが行われた。開催された10月18日のその日は、昨年のショパン国際ピアノコンクールファイナルと同じ日付である。

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