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フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス ー 絵美(Ⅴ)

セックスをした相手を好きになってしまいます。これは自然なことなのでしょうか?
相手を束縛するために、体を使ってしまいました。これは自然なことなのでしょうか?

時間軸2

25th March, 1979 (Sun)

フランク、民主主義を分類してみて 

 僕らは下に降りて、彼女の作ったほうれん草の軽いパスタを食べた。

 僕らの他に誰もいない彼女の家。

 ダイニングで、コーヒーを飲んでいると、絵美は急に僕に尋ねた。

「フランク、民主主義を分類してみて」
「え?また急に。キスのあとで雰囲気も何もあったもんじゃないよ」
「ま、いいから、いいから。してみてよ」
「分類の視点によって違うな」
「キミの視点でよ、もちろん」

民主主義というものはさまざまなレベルがあると思う

「え~と、どういうのかな?民主主義というものはさまざまなレベルがあると思う。そのレベルを4段階くらいでいうと、一番目に自己利益の追求と共に、社会への貢献を目指すものってのがあると思う。性善説にのっとった儒教的な世界をイメージして。

 次に、二番目、ルールの遵守に加えて社会の共感が得られないような行動は取らないように自制する、というのもあるな。アダムスミスの道徳感情論的世界だな、これは。

 それから、三番目、ルールに違反しない限り何をするのも自由という民主主義だってある。倫理に中立な自由主義的世界で、これが今の日本に最も近いんじゃないかな?

 四番目、バレなければルールを犯しても得になることをするという韓非子的な性悪説の世界。下手をすると、将来、日本は、文化を消失させると、この四番目になる可能性が高いような気がする。絵美、どう思う?」

「うん、よくわかるよ。もっと話して」

戦後の日本は、憲法の成立過程でもわかるように、国際社会で自主的に何かを決められたことはない

「戦後の日本は、憲法の成立過程でもわかるように、国際社会で自主的に何かを決められたことはないな。戦前の善きこと、一部の倫理感情や『自己利益の追求と共に、社会への貢献を目指す』という理念が、大東亜共栄圏をぶち上げたために危険思想になった。

 自己利益の追求と共に、国際社会への貢献を目指すという能動的な行いが、せいぜいODAによる援助と幾度も繰り返されてきた第2次大戦への懺悔と、そして、憲法第9条にある『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』という受動的で、消極的行動に留められてきた。ここまでいい?」

「すごくいいよ」

憲法でいくら高邁な理念、『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求』するという理念を述べようと

「憲法でいくら高邁な理念、『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求』するという理念を述べようと、『前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』という自らの禁じ手を定めることをしようと、実際に国際社会で可能な行為は、『ルールに違反しない限り何をするのも自由』ということに限定してきたね?

 能動的な行為が出来ないんだから、『一番目に自己利益の追求と共に、社会への貢献を目指す』というもっともよさそうな民主主義レベルは達成できない。消極的に、ODAでお茶を濁す、『ルールに違反しない限り何をするのも自由』で行うしかなかったし、いまでもそうだ。

それ以前の千数百年間の善き文化まで一緒くたに葬った形跡がある

 で、戦前を捨て去るという愚劣な行為のためには仕方がなかったんだろう。なぜなら、戦前とひとくくりにされる悪しき時代がせいぜい1945年以前の20年間から40年間という日露戦争後の異常な世界であるにも関わらず、それ以前の千数百年間の善き文化まで一緒くたに葬った形跡がある。

 その葬られた中には、天皇制とはいささかも関係のない日本的なもの、縄文・弥生時代から続いてきた日本の文化もたぶんに含まれていると僕は思う。

 倫理とは何だろうね?辞書には『行動の規範としての道徳観や善悪の基準』とか書かれているけど。じゃあ、道徳とは何?辞書には『社会生活の秩序を保つために、一人ひとりが守るべき、行為の規準』と書かれている。

もしも、アメリカやヨーロッパの諸国が戦争に敗れたとしても、それはキリストが言ったように、『カエサルのものはカエサルに、神のものは神に』ということで、戦争を行ったカエサルたる政治家など、その国の国民と神は別物なんだな。

 もしも、アメリカやヨーロッパの諸国が戦争に敗れたとしても、それはキリストが言ったように、『カエサルのものはカエサルに、神のものは神に』ということで、戦争を行ったカエサルたる政治家など、その国の国民と神は別物なんだな。キリスト教という倫理道徳観念を捨て去る必要はない。

 ところが、万世一系たる天皇制と、その天皇制を維持するためにむりやり国家神道化された日本人の倫理道徳観念が一体視されたようなんだよ。それを否定し葬り去る他はなかった。だけど、日本古来の日本教たる神道仏教混淆倫理観念は、本来は天皇制とは関係がないと僕は思っている。廃仏毀釈以前の日本人もよく知っていたはずなんだ。わかる?」

「よくわかるわよ、つづけて」

『ルールに違反しない限り何をするのも自由』という貧困なレベルに日本の戦後民主主義はとどまらざるを得なかった

「それで、戦後の日本の民主主義は日本古来の日本教たる神道仏教混淆倫理観念を葬り去った。冷戦というものもあって、日本が武力での関与ができないせいで、『ルールに違反しない限り何をするのも自由』という貧困なレベルに日本の戦後民主主義はとどまらざるを得なかった。国家の理念は国民感情にも影響すると思うよ。そうじゃない?国家が『ルールに違反しない限り何をするのも自由』と、自由な分野での経済活動を主に行った結果、国民も『ルールに違反しない限り何をするのも自由』と勘違いするのは無理はなかった、僕はそう思う」

「僕から言わせると、『日本が戦争に巻き込まれないよう、九条を守りたい』なんて実にナンセンスなことなんだよ」

『ラッセル・アインシュタイン宣言』

「絵美、『ラッセル・アインシュタイン宣言』って知っている?」

「知っているわよ、もちろん」

「『ラッセル・アインシュタイン宣言』というのは、『日本が戦争に巻き込まれないよう、九条を守りたい』なんていう消極的な考えに基づいていないんだよ。『ラッセル・アインシュタイン宣言』で述べられている理念は、こんな低次元の理念ではない。

 自発的宣戦布告はしない、侵略のために軍備は持たない、などという消極的な憲法9条の理念とも違う。もっとアクティブなんだよ。『ラッセル・アインシュタイン宣言』で述べられていることは、当たり前の理念なんだ。核兵器に代表される大量破壊兵器・相互殺戮兵器によるオーバーキルでの戦争は、全人類を滅亡に導く。それらの兵器の全面的な廃棄を求める、これだけだ。ピースパレードなんて関係ない。『ラッセル・アインシュタイン宣言』の理念は、『全人類の存続』これだけなんだ。いろんな国家国民、組織の一員としてではなく、その存続が疑問視されている人類、人という種の一員として、こういうことだと思うよ」

「フランク、私の大事な人なだけあるじゃない?」

「フランク、私の大事な人なだけあるじゃない?」
「何が?」
「私の信条にピッタリ合うのよ、キミは」
「そんなものかなあ・・・」
「だって、フランクが言っていることは、私が考えていることと同じだもの」

「え~とね、フランク?」と絵美がいった。「なんだい?」と僕はコーヒーを飲み干しながら訊いた。このコーヒーはマンダリンじゃないな、ブルマンだな、と思いながら訊いた。

「あのね、私の家、この森家って知ってる?」
「知らないよ、絵美の身上調査なんてしたことないもの」
「私の家、森家はね、ゾルゲ事件に連座した家なのよ」

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ゾルゲ事件

 ゾルゲ事件に関して軽く触れておこう。

 その前に、コミンテルンという組織に関して述べないといけない。コミンテルンとは、共産主義の国際組織で、ソビエト連邦によって主導された。コミンテルンというのは、世界を共産主義で真っ赤に塗り潰そうという運動組織である。謀略組織と言ってもいいかもしれない。国際組織とはいえ、親分のソビエト連邦を盟主に、各国共産党を下部機関扱いするお手盛り機関だった。言ってみれば、現在の創価学会インターナショナルの大規模なもの、非合法的なもの(相手国の国家転覆さえもしかねない)と考えればいい。

 その当時のソビエト連邦はスターリンの独裁下にあった。1935年のコミンテルン第7回大会でスターリンは「ドイツと日本を暴走させろ!だが、その矛先をロシアに向けさせてはならない。ドイツの矛先はフランスと英国へ、日本の矛先は蒋介石の中国へ向けさせろ。そして、戦力の消耗したドイツと日本の前に、最終的に米国を参戦させて立ちはだからせろ。日独の敗北は必至でだ。そこで、ドイツと日本が荒らしまわっり荒廃した地域、つまり、日独砕氷船が割って歩いた後と、疲弊した日独両国をそっくり共産主義陣営にいただくのだ」と発言した。

 日本の満州における暴走と後の日中事変、真珠湾攻撃、アメリカへの宣戦布告は、このスターリンの意図にまるでそったものとしか思われない。スターリンが間違ったのは、ドイツが西部戦線のみならず、東部戦線を形成、ソビエト連邦への宣戦布告を考えたことだった。ヒトラーには英国はアングロサクソンとゲルマンという近しい存在であったが、スラブ人に対して、共産主義に対しては、全体主義社会主義思想は合致しなかった。

 スターリンは、ここで日本が満州からソビエト連邦へ侵入、宣戦布告されては、満州・シベリア国境とロシア西部の衛星国国境というふたつの戦線で戦わなければならない。なんとか、日本の侵略を中国、ひいてはアメリカへの宣戦布告に持っていかないと、ドイツだけでなく日本までも敵に回したら、そうとうしんどい、負けるかもしれない、と思っていた。

 スターリンにとっては、日本の動向、特に、中国、さらにはアメリカに対する戦闘意欲を調査しなければならなかった。

 日本政府及び軍部の考えは、ソビエト侵攻など夢にも思っていなかった。ABC包囲網により、石油などの必須製品の入手がたたれていた日本は、当時フランス、イギリスやオランダの植民地下にあったベトナム、インドネシアなどの南方作戦を画策していた。インドネシアなどの油田設備などを手に入れられれば、アメリカの経済封鎖も突破できると考えていた。

 しかし、スターリンにとって、そのような日本の思惑はまったくわからない。なんとか、日本の動向を知りたいと思っていた。

 そんなとき、ソビエト連邦アゼルバイジャン共和国にうまれたリヒャルト・ゾルゲなる人物がいた。彼は3才の時に家族がドイツに移住、19才の時、第一次世界大戦時にドイツ陸軍に志願し負傷した経歴を持つ。しかし、共産主義に傾倒し、ドイツ共産党に入党、コミンテルンにスカウトされ、モスクワでのちのロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)配下のスパイとなった。

 最初は上海で活動していた。身分は、ドイツの新聞社のフランクフルター・ツァイトゥング紙の記者、という肩書きである。1933年に日本に配置される。新聞社の東京特派員記者として。住居は横浜だった。

 その当時、日本は近衛内閣の時代だった。そして、近衛内閣の有力政策ブレーンの尾崎秀実や明治時代の元老の孫の西園寺公一などと接触、彼らを情報網としてスパイ活動を開始した。

 隠れ蓑のナチ党員という立場を利用して、当時の駐日ドイツ大使からドイツのソ連侵攻作戦の正確な開始日時を入手、モスクワに送った。この情報はスターリンが信用せず、ソビエト連邦軍はドイツに大敗を喫した。

 その後、尾崎秀実などを通じて、近衛内閣の情報操作を行った。41年には日本政府の帝国国策遂行要領を入手、この情報をモスクワに打電した。この情報が入ったために、満州国境の陸軍部隊をモスクワにまで侵入したナチスドイツ軍に振り向けられた。これにより、ナチスドイツは大敗を喫し、ヒトラーのドイツの没落が始まった。

 リヒャルト・ゾルゲが存在しなければ、ナチスドイツはモスクワ戦で勝利を収めていたかもしれない。日本政府も、南方戦線だけでなく、ソビエト連邦の背後をついて、ドイツと共闘して、ソビエトを挟撃できたかもしれない。そして、アメリカに参戦させることなく、ソビエトを崩壊させていたかも知れない。むろん、日米戦争もなかったかもしれないのだ。

 リヒャルト・ゾルゲは、1941年10月にスパイ容疑で逮捕された。実に真珠湾攻撃、アメリカへの宣戦布告の2ヶ月前だった。それまでに、ゾルゲによる情報操作は深く日本政府に食い込んでいた。対米戦争、南方戦線を拡大という方針は変更のしようもなかった。ゾルゲは、尾崎秀実ともども44年に巣鴨プリズンで処刑された。

 絵美の森家が連座したのは、こういう事件だったんだ。

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「あのね、私の家、この森家って知ってる?」

「あのね、私の家、この森家って知ってる?」
「知らないよ、絵美の身上調査なんてしたことないもの」
「私の家、森家はね、ゾルゲ事件に連座した家なのよ?」
「・・・あのゾルゲか?」
「そのゾルゲよ」
「まさか、尾崎秀実の係累じゃないだろう?」
「そうじゃないわ。華族側の方よ」
「近衛か?西園寺か?」
「そっちの方だと思ってくれていいわ、だけど、雑魚だったんだけど・・・」
「う~ん、それで、僕に民主主義を分類なんて訊いたのか?」
「そうよ。私の家のバックグラウンドがわかってなければ、私と個人的につき合うのは構わないけれど、将来、どうなるか、わからないでしょ?」
「あのね、僕は一般庶民の庄屋の子孫だから、そういう因果関係はわからない。でも、絵美の言うことはよくわかるよ。僕はそういうことはよくわかる人間だよ」

絵美ならいくらでもこんな隠し球があるんだろうな

 ちょっと、驚いたが、絵美ならいくらでもこんな隠し球があるんだろうなあ。ますます、よくわからない女の子だな、と僕は思った。

「私小さい頃から、この事件を知っていて、特高の拷問だとか、いろいろきかされて育ったの。だから、心理学、プロファイリングになんて興味を持ったのかもしれないわ。おかしな女の子と思っているでしょうね?」
「おかしな女の子なんて・・・思っているよ、僕も相当おかしいからね。おかしな男の子と女の子ということでおあいこと思っている」
「よかったわ。フランクに嫌われたら、私、死んじゃうわ」
「ウソつくもんじゃないよ?」
「バレた?」
「そういう絵美らしくない発言、凝固してしまうでしょうが、言葉が、空中で」
「どちらにしろ、フランクは私のこと好きよね?」
「大好きだよ、絵美がいなかったら、僕は死んじゃうよ」
「その言葉も凝固しているの?空中で?」
「そうかもしれない・・・」

フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス、目次

フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス ー 絵美(Ⅰ)

フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス ー 絵美(Ⅱ)

フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス ー 絵美(Ⅲ)

フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス ー 絵美(Ⅳ)

フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス ー 絵美(Ⅹ)



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