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A piece of rum raisin 第6話 殺害(6)

第 6 話 第二ユニバース:殺害(6)
1985年12月10日(火)

 俺が昼飯から戻って、オフィスで書類仕事をしていると、受付から電話がかかってきた。昨日の日本人の女性の射殺事件で話をしたいという遺族関係の人間が来ているという。弁護士だという。
「俺のオフィスに連れてきてくれ」と答えた。こんなに早く?それも弁護士?日本からじゃないだろうな?と俺は思った。
 その弁護士さんが来た。日本人じゃないか?それも女性だ。30代だろうか?東洋人の年齢はわからないが、昨日の被害者といい、この弁護士といい、日本人は美人ぞろいじゃないか?背丈も同じくらいか?HBOの映画に出てくる東洋人女性のアクトレスよりもよっぽど美人だ。
「あなたがミス・モリの件を担当しているインスペクターですか?」と、彼女が言う。「私はモリファミリーの代理人として、遺族よりも先にまいりました。ミス・ヨウコ・シマヅと言います。フランスのモンペリエ大学で法学部助教授をしております」と彼女は言った。おいおい、日本人ってのは英語が喋れないと聞いていたが、この女の英語は俺より流暢じゃないか?それも、この若さ、といっても何歳だか知らないが、大学の法学の助教授だと?ミスって言ったな?独身か?
「ミス・シマヅ、私はノーマンと言います。この事件の担当をしています」
「ヨウコで結構ですよ」と彼女は言う。
「俺もノーマンで結構だ」実は、ファーストネームで呼ばれたくない事情が俺にはあるんだ。「しかし、ヨウコ、NYPDから日本領事館に連絡をいれたのが昨晩だ。やけに早いじゃないか?」
「モンペリエからパリ経由で来たものですから。太平洋を渡るよりも大西洋を渡る方がずっと早いでしょ?日本から連絡が入ったので、急いで飛んできました」
「なるほど。それはわかった。わかったが、ヨウコがどういう人物か、俺にはわからん」
「これが私のパスポート、フランス政府のID、大学のIDですわ」
「ふむ、確かに、ヨウコが日本人であること、フランスのレジデントであること、モンペリエ大学の助教授であることはわかった。しかし、モリファミリーの代理人だという証拠がなにかあるのかね?」
「インスペクター・ノーマン、パスポートの入国日のスタンプ、確かに今日ですわね?フランスの出国日は?それも今日。領事館からモリに連絡が入ったのは、昨日。それで私に連絡があった。一体全体、どこの誰がそんな情報を入手して、代理人になりすまして、NYPDに来ると考えるの?マスコミだとでも言うの?明日の午後3時に被害者の母親がケネディー空港に到着するの。いい?私は空港に迎えに行かないといけないので、インスペクター・ノーマン、それほど時間がないの。私が代理人であるという証拠は、被害者の母親を連れてきますから、私を疑って時間をつぶさないで、さっさとカンバセーションにはいらないこと?おわかりかしら?」と、ヨウコはまくし立てた。おいおい、日本人の女は、おとなしくて、男性に従うと聞いたが、この女はゴジラみたいに突然変異したのか?弁護士だから、国籍は関係なく、手強いのだろうか?
 俺は両手を広げて、バンザイ(って日本語で言うのだったな?バンザイアタックとか言ったな?)した。「わかった。降参だ、降参。ヨウコがモリの代理人であることは認めよう。もちろん、法定代理人かどうかは、フランスの弁護士資格とステイツのそれが違うから、そうはならないが、モリの代表者としてお話ししよう」と俺は言った。
「インスペクター、いえ、ノーマン、わかっていただいてありがとう。早速ですが、今の現状はどうなの?射殺事件と聞いているけど・・・」
「まず、遺体は昨日モルグで検屍解剖された。検屍官はドクター・タナーだ。被害者はパスポート、大学のIDを所持していた。パスポートのファイナルページに日本の連絡先が書いてあった。それで、NYPDのアドミから領事館に連絡をしておいた。たぶん、領事館から直接モリに連絡がいったのだと思う。土日だからな。日本のMFAは休みだろ?お役所仕事だ。モルグから正式な死亡証明書がこっちに回されてくるはずだ。NYPDはそれを日本領事館に回す」と俺は言った。「あ~、ヨウコ、ステイツでの外国人の死亡時の書類手続きは知っているか?」
「フランスならわかるけど、こっちの手続きはファミリヤーじゃないわ。説明して」
 俺は、検屍報告書、総領事館への連絡と彼らのやること、遺体証明書、遺体の搬送手続きに必要な書類などの説明をヨウコにしてやった。ヨウコはメモも取らずに聞いている。
「わかったわ。だいたい同じね、日本やフランスと。領事館へは私も連絡を取ります」とヨウコは言う。「そうそう、ノーマン、葬儀屋が必要なのよね?通常、このような海外への死体搬送手続きに慣れている葬儀屋を知っている?知っていれば教えてちょうだい」
「ああ、それなら、ここだ」と俺は手帳を出して、メモパッドに書いてヨウコに渡した。
「リコメンド出来るのね?」とヨウコは念を押す。
「ああ、この前も、イギリス人が殺されて、遺族にそこを紹介してやったんだ。空輸手続きには慣れているよ」
「わかったわ。それで、遺族が来たら連れてくるけど、NYPDから遺族への要望は?」
「まず、遺体の身元確認をして欲しい、出来るだけ早く」
「わかったわ。私は遺族じゃないから出来ない。本人の母親が明日午後3時に、本人の友人が明後日の午後6時に到着する。母親は、たぶん急いで出国してきて、疲労しているはず。ショックも大きい。だから、当人達と相談するけど、遺体確認は、13日の朝ね」
「おいおい、本人の母親で十分じゃないか?明日着くのなら、明日でも確認できるだろ?」
「ダメね、たぶん。相談する。連絡するわ。ノーマン、あなたの連絡先を教えてちょうだい?」
「ああ、この電話、直通番号は・・・、交換台の代表番号は・・・、内線は・・・だ。しかし、明日できるものを・・・」
「あのね、ノーマン、被害者はパスポートを持っていたんでしょ?IDも?それで写真と本人は合致しているのよね?だから、遺族の本人確認というのもセレモニーじゃないかしら?大学関連の人間でも出来るはずだし?だったら、それが明日だろうと、13日だろうと、あまり変わりはないでしょ?ブツブツ言わないのよ、ノーマン」
 この女、思った以上に手強い女だ。本当に日本人なのか?
「わかった、また、降参だよ。13日ならいいんだな?」
「いいわよ、連絡を入れるけれど」
「俺も忙しい。だから、13日の朝9時30分ということで、とりあえず、どうだろうか?モルグのドクター・タナーにもそう伝えておくから・・・」
「結構よ、それで。後で確認の電話を入れておくわ」
「ヨウコ、キミは厳しいな」
「あら?私はそれほど厳しくないわよ、インスペクター・ノーマン、か弱き日本女性なのよ」
「やれやれ・・・まあ、いいや・・・ヨウコ、俺はちょっとこの事件は気になっているんだよ」
「え?何が?」
「これはオフレコだぜ?法関係者と信用して言うよ」
「オフレコね。口外しないわよ、必要な時以外は・・・」
「ドクター・タナーが言うにはだな」と、俺はマーガレットが言ったことをヨウコに説明した。
「ふ~ん、それは・・・そう、意図的に狙撃された可能性がある、ということ?」
「まだ、わからん。ドクターの報告書なども見ないといけない。いろいろと聞き込みもしないとな。俺がこれをヨウコに言うのは、普通の通り魔とは違って、もしかすると長引くのかもしれん。だから、婉曲に遺族にも伝えて欲しいからなんだ」
「ノーマン、事情はよくわかったわ。うまく処理をしておく」と、彼女は時計を見た。「あ、おいとましないと。インスペクター、お邪魔したわ。また連絡します。そうそう、私の宿泊先は、ペニンシュラ。遺族とその友人も一緒よ。何かあったらそこに連絡して。母親を迎えに行ったら、確認をあなたにいれるわ。じゃあ、これで。失礼します」とヨウコはニコッと笑いウインクして、黒のトレンチコートをひるがえしてスタスタ消えてしまった。やれやれ、シームのストッキングか・・・
 しかし、なんだ、あれは?突風のような女だな?え?マーガレットといい勝負だ。13日は、奴らにビッチファイトさせて、俺は高みの見物をしていよう。やれやれだ。

●A piece of rum raisinオリジナル(note)
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●フランク・ロイドのエッセイ集ー記事一覧
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●A piece of rum raisinSF編(note)
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