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A piece of rum raisin 第3章 覚醒(3)

第 3 章 第一ユニバース:覚醒(3)
1978年5月7日(金)

 ゼミが終わり、メグミはお茶大理学棟から春日通りのお茶の水女子大付属高校正面の駐車場まで歩いていった。彼女がキョロキョロ見回すと、黒いエナメル塗装の車のドアが開いて、明彦が出てきた。「おい、メグミ、こっちだ」メグミは車に駆け寄った。

日産スカイライン2000ターボGT-E

「明彦、この車って?なんか、すごいじゃない?」「かの有名な、って、私も知らなかったんだけど、日産スカイライン2000ターボGT-Eという車らしい。リアシートの乗り心地はいただけないが、フロントシートはかなりいいよ。さ、お嬢さん、お乗り」と言って、明彦はレフトドアを開けた。「変な車!ドアミラーがない!」「当たりまえだよ。83年まで国産車はドアミラーが違法だったんだから。これはフェンダーミラーと言うんだ」「そういえば、そうね、走っている車でドアミラーの車なんてないわね」「そうそう、それから、この時代は、ドライバーもナビもシートベルトをしないでいいんだけどね。ま、2010年の風習にしたがって、としておこう」いろいろこの時代は違うのだ、とメグミは思った。
 目白、新宿を通って、明治通りから竹下口を左折して、原宿通りに曲がった。狭い道を右左に進んだ後、明彦は一軒家の前で車を止めた。車を降り、鍵で玄関を開け、家の駐車場のシャッターをあげた。車に乗るなり「この時代、リモコンシャッターなんてないんだよな」と明彦は言った。(大変な時代にジャンプしたものだわね)とメグミは思った。
「よく思いだしてほしい。今は1978年。JRはまだない。国鉄は民営化されていない。日本国有鉄道の時代だ。自動きっぷ券売機なんてない。切符売り場で駅員から買うんだ。改札口では駅員が改札はさみで切符に印をつけて入場を確認していた時代だ。

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NTTもない。ドコモもない。日本電電公社が唯一の電話会社だ。ポケベルは既にある。屋内の固定電話のコードレス機もある。自動車の車載電話は去年発売された。23区内だけだけどね。だけど端末の大きさが10kg。車のトランクルームに積む大きさだ。あと2年待てば1キロくらいの重さになるからそれを待とう。メグミのポケベルは買っておいた。ポケベルで呼び出しがあれば公衆電話から応答できる。テレホンカードが発売されるのも2年後だ。家庭にあるのはダイヤル式の固定電話。お店や電話ボックスにあるのはダイヤル式の青電話だ。100円玉は使えるようになった。ただしお釣りが出ない。いつも、10円玉、100円玉を持ち歩くようにしてくれ」
「第三では、78年というと私が8才の頃だからそんなものを使う年齢でもなかった。第三の記憶は役に立たないわね。ここの、第一のメグミの記憶に頼るほかはないのね」

テレックス

「そういうことだ。海外との連絡はテレックスだ。事務所に据え付けた。FAXも買った。A4サイズの原稿を1分で送信するG3規格タイプだ。アメリカと日本はFAXが早く普及したが、ヨーロッパは遅れていた。たぶん、後5年しないとFAXは導入されないから、ヨーロッパとの通信はテレックスだろう。ワールド・ワイド・ウェブはセルンが開発中だ。89 年まで待たないといけない。コピー機はある。これは最新型を用意しておいた」
「あ~あ、アナログの世界じゃないの。こんな世界で私たちに何ができるのよ?セックスぐらいしかやることないじゃない?」
「できることはたくさんあるよ、メグミ」
「あのね、明彦、H・G・ウェルズだって筒井康隆だって、世界のタイムトラベル、タイムリープを扱ったSF小説で、39才の女性の記憶を持った20才の女の子の性欲に関して書いてある小説なんかなかったわ。セックスの技巧の知識が39年分あって、20才のまだ使い古していない体があるという話を誰も書いてないなんて不思議じゃない?」
「それはSFの本論から外れるから・・・」
「違うわ。小説家は自分で体験していないだけよ。私たちと違って。これは私たちのノンフィクションのリアルな現実なのよ。怖いわよ、この現実は。誰かにすがりついていないと自分を見失いそうよ」と内股に閉じた太腿を両手でさすりながら上目遣いですがるように明彦を見てメグミは言った。
「その話は後にしよう。まず、私たちの目標は、森、島津、小平、湯澤、ジャヤワルダナを探して、転移が起きる際の準備をしておくこと。次に、資産を運用して、活動資金をもっと作ること。今、だいたい2億円ほどある。だけどこれじゃあ足りない。2015年まで37年間あるから、十万倍くらいには増やさないと」
「十万倍って、20兆円?」
「そう。そのくらいないと、自前の加速器や転移装置が持てないだろう?」
「それは小平先生のストーリー通りにやればいいのよね?」
「それはそうだが、小平先生だって具体的にどうすればいいのかまでは計画していなかっただろう?転移前に私は学習しておいた。来年79年はイラン革命の年だ。これからそれに向かってイラン情勢は混迷していく。今、ドルと円相場は220円。来年の年末はそれが260円まで円安になる。それが80年には210円の円高だ。81年は199円まであがるが、それをピークに82年には278円に下がる。こういったことは忘れてしまうから、私の第三の記憶がすべて戻らなかった頃でも、心の声に従って、このノートに1970年から起こったことを書いておいたのだ。このデータを元に、ドル、円の売買をして、ドルが安い時にドル転する。1986年までにマイクロソフトやデル、GAFA株を購入するドル資産を準備しておいて、マイクロソフトが1986年株式公開した時にすべてのドル資産をつぎ込む。マイクロソフト株は1999年まで右肩上がりだ。86年の株が600倍近くなっているはずだ。90年にはデルが株式公開するはずだから、それも買う。1999年までに千倍になるはずだ。2000年までに2兆円くらいになるだろう。これらの取引をオメガに気付かれないように密かに行わないといけない。私が小さい頃、あの70年の頃から、野村證券に口座を作っておいたのだ。すべての取引は個人名を使わずに、われわれのアルファ平和研究所という私企業を通じて行う。アルファ平和研究所はホールディング会社として、その傘下に複数の会社を設立する。この時代の錬金術師の堤康次郎、堤義明の手法を真似する。アルファ平和研究所は、西武鉄道の親会社だった国土計画株式会社みたいなものだ」
「途方も無い話ね」
「オメガに対抗するためにはやむを得ない」
「私たちに普通の幸せはないのね?」
「それは諦めなきゃいけない」
「まったく、私の読んだSF小説にはそんな結末は書いてなかったわよ。わかったわよ。諦めるわ。それで私は何をすればいいの?」
「メグミは、このアナログ装備を使って、野村證券の担当者に相談しながら、為替取引、株売買をやってもらう。もちろん、私もやるが、私は会社運営や転移していない一般人から仲間を集める仕事などをやる」
「私は物理学者よ?」
「仕方ないじゃないか。でも、一から始めるわけじゃない。次に・・・」
「まだあるの?」
「あるよ。次に、私は大学院卒から高エネルギー物理学研究所に潜り込み、キミは東大の院に進学して、宇宙線研究所に潜り込む。あと4年経てば、小平先生が転移してくるはずなので、キミのマスターコースの終わりには小平先生が手助けしてくれるだろう。そうしたら、宇宙線研究所付属のカミオカンデの担当ができる。その後、セルンに就職する。私はそのまま高エネルギー物理学研究所が統合されて、97年にKEK(高エネルギー加速器研究機構)が発足するから、KEKのセルン担当になる。それから、私たちが覚えている限りの78年の今から2015年までの物理学の進展や社会の動きを思いだして記録に取っておくこと。それらの理論は公にはできないが(歴史が変わってしまうからね)、ガンマ線バーストの研究を進展させて、第三の滅亡を阻止することも視野に入れておくのだ」
「明彦は人使いが荒いわね。ご褒美をたくさんくれないと、ストを起こすわ」
「ご褒美って?」
「知っているくせに・・・」
「わかった、わかった。まだある。今年の12月24日は島津くんとの第一回目のコンタクトだ。これは覚醒を伴わないが、私と彼女が関係を持たないと、来年の6月13日の覚醒に問題が出るかもしれない。来年の2月17日には森くんが覚醒するはずだから、今から森くんを探し出しておいて、彼女の覚醒の瞬間には私たちはそこにいるようにする」
「やっと、援軍がくるのね・・・ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なんだい?」
「森さん、絵美も私と同じよね?39才の女性の記憶を持った20才の女の子よ。島津さんは、洋子は、39才の女性の記憶を持った26才の女性よ。悶々とした女が3人に増えるってこと?」
「みんながみんなメグミみたいに悶々とする女性であるわけないじゃないか?」
「それはそうだけど。絵美はそうよね。彼女の性格は悶々とするわけじゃないわ。でも、洋子はどうなのよ?あのおっぱいオバケは?明彦、今年の12月24日に洋子に会うのよね?」
「ああ、会わないと、来年の6月13日の覚醒に問題が出るって言ったじゃないか」
「嫌な予感がする。まったく、SFって、やっぱりたかだかフィクションなのよ。バック・トゥ・ザ・フューチャーのロレイン・マクフライは悶々としていたけれど、ガールフレンドのジェニファーが悶々とした?エメット・ブラウン博士はクララを襲って犯しちゃった?『時をかける少女』で原田知世は性欲に悶々とした?」
「キミが話すと、シリアスな第三の滅亡やオメガの話がシリアスでなくなっちゃうじゃないか?」
「第三の滅亡よりも、オメガの世界征服よりも、あなたが、この39才のおばさんの知識を持った20才の悶々とした小娘を救ってくれることのほうが大事なのよ!」
「それももちろん大事だ。覚えておく。しかし、メグミ、忘れちゃいけない。ここは今1978年なんだ。キミの第三の記憶で話しているが、バック・トゥ・ザ・フューチャーは1985年の映画だ。原田知世の時をかける少女は1983年の映画だ。常に時間軸を忘れてはいけない」

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● A piece of rum raisin(note)
  目次ー小説一覧
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