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Special Relativity (02) 光だけが特別なのではない

真空中の光の速さはおよそ秒速30万km,1秒間で地球を7周半する速さである.この光の速さが,この世に存在する物体の移動速度の上限になっているのは事実だが,光だけが特別というわけではない※1.「どうして光だけ特別なのか?」と質問されることも多いが,他にもその速さで飛ぶものはある.その一つが重力波である.

※1  ここでは特殊相対論の範囲で考えている.一般相対論まで行くと,この秒速30万kmは「局所的」なものであることに注意する必要がある.

それら秒速30万kmで進むものは質量がないという特徴を持つ.質量がないことが最も速く進むという性質を決めている.ではこの速さの値は何で決まっているのか,光の正体は電磁波という波であり,重力波もまた波である.波が伝わる速さを決めているのは媒質の種類や状態である.

水の波や音波など身の回りに波はたくさんあるが,波は粒子とは違い,媒質(波を伝えるもの)は動かずにエネルギーと情報だけが伝わっていくという特徴を持つ.水の波の媒質は水分子,音波の媒質は空気分子である.ひもの端を揺すって作られた波の媒質は綱を作っている繊維である.

媒質がその場で振動するだけで波が伝わることは,大人数で立ったり座ったりして作る「ウェーブ」を想像するとわかりやすい.私たち一人一人はその場で立ったり座ったりしているだけだが,隣の人の動きを少しずつずらしてマネすることによって波が動いて伝わっていく.ちなみに,人間が作るウェーブは物理的な波とは少し違う.ひもの端を持って揺すったときにできる波は手元で与えたエネルギーが伝わっていくことで起きるが,人間が作るウェーブは隣の人からエネルギーをもらっているわけではないからである.「これ,自分もやらないとなんとなく気まずいな」という気づかいは伝わっているのだが.

ひもを伝わる波の速さは,ひもの重さとひもがどのくらいピンと張っているかで決まる※2. ひもが軽いと波は速くなり,重いと遅くなる.これは直感とも合う.また,ひもがピンと張っていると波は速くなり,だらっとしていると波は遅くなる.これも直感と合うのではないだろうか.

※2 より詳細には,ひもの線密度(単位長さあたりの質量)とひもの張力(単位長さあたりに蓄えられたエネルギー)である.

音波の速さ(音速)は気体の圧力と密度で決まる※3.  圧力が大きいほど速く,小さいと遅くなる.また,密度が小さいと速く,大きいと遅くなる.「気体の圧力 = ひもの張力」というわけではないが,袋に詰められた空気の圧力が高くパンパンに張った状態は,ひもがピンと張り詰めた状態に似ているのはなんとなくわかると思う.音波もひもを伝わる波と同じで,「媒質がピンと張っていると波は速くなり,媒質が重たいと波は遅くなる」のである.

※3 比熱比という量も関係している.

では,電磁波や重力波は何を媒質として進んでいるのか.それは物質ではなく,時空そのものである.その証拠に,電磁波も重力波もその速さが真空の誘電率と真空の透磁率だけで決まっている.

誘電率は電気の力,透磁率は磁気の力に関係している.二つの電荷に働く力の大きさは,電荷の大きさに比例し,電荷同士の距離の2乗に反比例する性質がある※4.これをクーロンの法則というが,その比例定数が誘電率である.磁気の力も同様で,磁荷同士の力の伝わり方を決めている比例定数が透磁率である※5.

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※4 万有引力もまた2乗に反比例し,これらはまとめて「逆2乗則」と呼ばれる.これが成り立つのは私たちが住んでいるこの世界が3次元空間であることに由来している.というか,この法則が成り立つことからこの世界は3次元空間であると考えられている.

※5 磁荷は電荷と違いN極とS極が必ずひと組で現れる.上の式の m1, m2 は仮想的な単独の磁荷(磁気単極子)について書いたものである.

誘電率,透磁率ともに物質の中では値が変化する.例えば金属では,その内部に大量に存在する自由電子が電磁波によって揺さぶられたり移動したりすることで内部に新たな電場を作るため,外からの電気の伝わり方が変化するからである.

これに対し,あらゆる物質を取り払い,真空状態で電気の力や磁気の力が伝わる度合いを表すのが真空の誘電率と真空の透磁率である.電磁波はこれらから決まる値で進む.真空の誘電率と真空の透磁率から計算するとおよそ秒速30万kmが得られるのだ.

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光,つまり電磁波は真空中でも伝播する.電磁波の媒質は時空そのものだからである.だからこそ,その速さは時空中の物質の性質ではなく,真空の誘電率と真空の透磁率という時空そのものが持っている性質で決まっている.もし別の宇宙や時空があって,それが異なる誘電率や透磁率を持っていれば,当然その世界での電磁波の速さも異なる.秒速60万kmで電磁波が進む時空があってもおかしくないのである.誘電率と透磁率という量は,ひもを伝わる波の速さにおけるひもの重さやピンと張っている度合いに相当する量である.言うなれば真空の誘電率と真空の透磁率はこの時空の「硬さ」や「重さ」のようなものなのである.

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