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言葉にするということ

この前久しぶりに、大学のゼミでともに高め合ってきたソウルメイトに会ってきた。今の社会の話とか、これからの生き方とか真面目な話を語り合える貴重of貴重な友人だ。

パエリアを食べて、ノンアルサングリアを飲んで楽しいひとときを過ごしていたのだが、
「今まで口に出して何かをするって言葉にしなかったのって、責任を負いたくないからだったんだよね。」
という言葉がずっと頭から離れない。それはきっと私が日々悩まされていることだからだろう。

何かをやりたい!と思っても口に出すことなく、自分の中で留めておけば無傷。妄想で全てが完結する。でもそれじゃ、何もないのと同じだ。だから、「私は〇〇をやります!」と言うことで行動せざるを得なくするのが一番効果的だ。

しかし、言葉にして他人に宣言するのは難しいことだ。かなりの労力がいる。私のような変に完璧主義な繊細人間は、「言っといてできなかったら最低じゃん、無理無理無理。」とか言って尻込みする。そしてできない理由をそれとなりに探し始める。

ぶっちゃけ、宣言した相手が「今言ったこと、ボイスレコーダーで撮ったから、有言実行できなかったら違反金取るからな」みたいに脅迫してきてる訳でもないのだから、そんなに深く考え過ぎる必要はきっとない。だからといって、投げ出すのも無責任だし。大人の世界に入ってから、その辺の匙加減の難しさに悶々とする。

ん?待てよ、書いててふと思ったが、これはそんなに難しい問題だろうか?
いきなり高いところに行くのが怖かったら、今の自分のレベルでクリアできるところから宣言して、どんどんやっていくのがよいのではないだろうか。

たしかに発言に対して責任を持つことは重要だ。しかし、一つずつステップを踏んでいけば自然と自信はついてくる。私は全速力で走り続けるのが苦手な人間だから、無理にやろうとしなくていい。自分のペースで着実に進めばいい。

最近、「内向的な人がラクに生きるコツ」みたいな本を読んでいるおかげで、自分に優しくなれる考え方をインプットできている。自分に合うものを取り入れるのが一番だ。

以上、本日のモヤっとでした。

最後までご覧いただきありがとうございました。



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