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『山で熊に襲われました。』 ~格闘&血だらけ逃走レポート~

【はじめに】

 「山で熊に襲われる」
それは山に入る人なら誰もが意識したことはある”最悪の事態”の1つである。でもそんな経験をしたことがある人はほぼいない。それどころか自分の周囲に熊に襲われたことのある人がいる、という人さえほぼいないだろう。期せずしてレアな体験をした。

今回この体験を書こうと思ったのは「熊に襲われた人しか知らないこと」という発見がたくさんあったからだ。たとえば…
『至近距離で熊に出会ったら熊スプレーは無意味』
『熊に襲われて大怪我をすると実名報道される』
などなど…

そして何より重要なのは今回の熊被害は防げた可能性があるということ。登山やキャンプ、釣りなどで山に入る皆さんが僕のように熊に襲われることのないよう、どうすべきだったか反省と熊に襲われて分かった事を記しておく。

【熊に襲われてこうなった】

まずはじめに、熊に襲われた結果どうなったか。結論を書いておこう。
①大怪我で1週間の入院
②ニュースで事件が実名報道
③収支で14万円黒字になる
④左手の中指がほんの少し短くなる
大きく分けるとこの4つである。①と④は熊に襲われればまあそうなるか、という想定内(?)ではあるが②は何気にキツいし③は意外な結果だ。なぜこうなったのか順を追って説明していく。

熊に襲われると予想外のことも起こる

【熊との遭遇、そして格闘&逃走】

そもそもどういう状況だったのかを話そう。
都道府県名は伏せるが東日本(not北海道)のとある山に登った時のこと。初めて登る山だったが山頂からの展望も良く非常に素晴らしい山だった。ただ登山道の状況からして登る人はあまり多くないのだろうとは思っていた。道ははっきりわかるが踏み跡は薄めの登山道である(フラグその①)。

往来が薄いであろう、すごい細いタイプの登山道

そして事件は『下山中』に起こった。この山には登山道が一本しかなく、ピストン(※登り降りで同じ登山道を往復すること)での登山になるのだが、この日の計画として帰りは行きとは別の駅から帰ることにしていた。そのため下山の終盤で通常の登山道から逸れた林道を通過したのだ(フラグその②)。とはいっても登山道から少し逸れているだけだし、もう15分も歩けば人里に着く。下山完了は目前。ただこの林道、登山道よりもさらに人の往来が少ない場所なのははっきり分かった。順調に歩いて下り人里までは残り約1000m、ここでついにその時が来る。
進行方向右手前方の藪がガサガサと大きめの音を立てた。「猪か!?」とそちらに目を向けると10mという至近距離に熊がいた。いや「いた」というのは正確ではない。すでに猛ダッシュでこっちに向かってきてた。それも『グルッゴガアァァァ!!!』という100%純粋な殺意を持った唸り声を立てながら…。

絶望のシチュエーション

これが50m手前なら「怖い」という感情を持っていただろう。普段から山に入る時には熊撃退用スプレーを携帯しているので怖さに堪えつつもスプレーを構えて、ゆっくり後ろに後退する。熊に出会ってしまったらそうしよう、そんな脳内シミュレーションは普段から何度もしていた。

山に入る時にはザックのすぐに持てる位置に熊スプレーをつけているのだが…

しかし、すでに全速力で駆け寄ってきていてほんの数mの距離にいる熊にはそんなことは無意味である。心の中に「怖い」が浮かぶよりも早く僕と熊はお互いに”大声”を出しながら闘っていた。
『グルッゴガアァァァ!!!』vs『うぉおあー!!!』である。
熊を目視してからこの間、たぶん4秒くらい。
「大声を出す」というのは熊に遭遇した際にするべき行動ではないと聞くが(相手を興奮させるので)、どう考えてもすでに戦闘回避のフェーズではなかった。闘いはもう避けることができないことを悟って自らを奮い立たせるためと、大声を出せば逃げてくれないかなという感情が4:6で混ざった『うぉおあー!!!』だ。

この闘いの詳細は正直よく覚えていない。しかしその中でもはっきりと今でも覚えていることがある。これは熊と闘った者でないと知らないことなので伝えておきたい。突進してくる熊からなるべく距離を保つために最初に前蹴り的にキックを放ったのだが、登山靴の足裏から伝わってくるその感触が僕を戦慄させた。
「岩」なのだ。

バトル漫画でたまに見る「まるで岩を殴ってるみてえだ」。あれって現実にあるんだ…

まるで岩を蹴ったかのようにガッチガチ。動物の柔らかさを想像してはいけない。熊ってガチガチなのだ。絶望の「ダメージ0」の感触。ゲームだったら【guard】の文字がポップアップしているであろう、びくともしなさ。恐ろしい。
ただ、かといって他にやれることはない。どうやら相手の体長は110~120cmくらいで相手が立ち上がっても手(前足)はこちらの顔には届きにくいようだ。しかし後から思い出す限り、もみ合い始めてすぐに左手を噛みつかれていた。それもあってとにかく距離を取るべく前蹴りを続けていたように思う。噛まれた左手の痛みを感じる間も無く必死の抵抗を続ける。何度か熊を蹴った後、拍子に僕は勢いで後ろに転んでしまった。登山中で結構な量の荷物を背負っていたのもありバランスを崩したのだ。やばい。上から馬乗りになられると本気でマズいので転んだ状態からさらに蹴りを続けて抵抗する。絶体絶命の「猪木アリ状態」。熊は相変わらず殺意100%の唸り声を立てながら襲ってきている。相当に焦ったが転んでからも死ぬ物狂いで蹴っていると突然、熊は180°方向転換して森の中に走り去っていった。
逃げ出したのは熊の方なので実質「熊に勝った」とも言えるだろうがそんな軽口を叩く余裕はない。おそらく揉み合っていた時間は20〜30秒ほどだったが体感ではもっと長く感じた。熊が茂みの奥に消えたのを確認して起き上がり考えたのは「まずはこの場を離れよう」ということ。GPSで確認すると前述の通り人里までは残り1000mほど。駆け足ならすぐである。ただ問題なのが熊は逃げていったのは僕の進行方向から斜め45°の方角なのだ。反対方向に戻って大回りして山を出るか、それともこのまま進むか。テレビで再現VTRが作られたら『この判断が後に明暗を分けることになる!!(立木ボイス)』とナレーションをつけられそうな究極の選択である。

この時どちらに進むのが正解か答えよ。

迷ったが『そのまま真っ直ぐ下山する』ことにした。出血もあるし、道を戻って人里から遠ざかったタイミングでまた熊に襲われたらヤバいと思ったのだ。何より一刻も早く人里に近づきたい。心細い。

山を降りながら自分の怪我の状況を確認した。すぐにわかるのは噛まれた左手の指とポタポタと血が滴り落ちている左耳。人差し指と中指は血だらけでよくわからないが動くし無くなってはないのでまあ大丈夫か。耳はスマホで自撮りして確認するも、傷は耳の裏側らしく状況はよく分からない。ただ血はそのうち止まりそうな勢いだったので特にタオルなどで抑えることなく歩き始めた。ここを離れたい。

人生で一番最悪な自撮り。一応掲載やめときます

周囲を気にしながら早足で歩くこと10分、人里にたどり着いた。どうやら血はもう止まっているようだ。周囲に人は見当たらないので近くのお宅にピンポンして救急車を呼んでもらおうかとも考えたが、こんなやつが突然現れるの申し訳ないし自分で呼んだ方が早いな、と思い直してスマホから119にコールした。そして救急車を待っている間に妻に連絡もしておいた。なるべく心配させないよう「熊に襲われたけどまあ大丈夫」」いうニュアンスで。ごまかしてる場合か。
これが僕が熊に襲われた顛末である。

【外傷状況】

主な怪我は以下の通り。
・左耳裏の挫傷(爪によるもの)
・左足首の挫傷(爪によるもの)
・左中指の挫傷(牙によるもの)
・左示指中節骨の骨折(牙によるもの)
→1週間の入院

いててて…

つまり左手を噛まれ、爪で耳と足首をやられた。
足首の怪我は救急車の中で判明したのだがハイカットの登山靴に守られている場所なので傷を負っているのが不思議だ。おそらく猪木アリ状態の揉み合いでついた怪我なのだろう。そして噛まれた左手のうち人差し指の先端から2つ目の骨(中節骨)は骨折していた。

中指の挫傷は指の腹の部分で、山にいるうちは血塗れで分からなかったが、噛まれた際にいくらか肉ごと持っていかれたようで抉れていた。縫うこともできなかったので患部丸出しで治療することに。めちゃくちゃ痛い。しかし人間の形というのはやはりDNAに記憶されているようで傷が癒るにつれて、ほぼ元の指の形に戻っていった。とはいえ”形”は戻ったのだが右手と比べると中指は今も少し短いままだ。2mmくらい短い。
1週間の入院というのはそれらの傷の治療の意味合いもあったが、野生の動物に噛まれたことによって傷口からバイ菌が入り感染症にかかって悪化するのを防ぐ意味合いだったようで破傷風ワクチンや抗生物質の投与が行われていた。ありがとうございます。

そしてここでもう1つ熊に襲われて身をもって知った事実がある。傷の場所を見て欲しい。4つの主な怪我の場所に加えて、上図のように他にも血までは出ていない小さな傷が左手と左脚にもう少し付いていた。そう僕が熊から負わされた傷は全て体の左半身に付いていたのだ。右半身には一切の傷がない。ここから導かれる仮説がある。
「熊には利き腕がある」ということ。

そうじゃないとこんなに体の左半身にだけ傷が集まらなくない!?

偶然でこんなに左半身だけ傷付くだろうか。あいつ絶対右利きだ。熊に出会ったらそいつの利き手(足)がどっちか見極めることがポイントになるかもしれない。

【原因】

原因は何だったのだろうか。一番伝えたいのはここである。熊に遭遇してしまうかどうかは基本的には運だが、今回はそれを避けることが出来たのではと思っている。それは致命的なミスがあったからだ。
『熊鈴』をつけていなかったのだ。
熊鈴は鈴の音でこちらの存在を知らせて「偶然、熊に遭遇してしまうことを避ける」熊避けアイテムだ。刺激物を吹き出す熊スプレーとは違って鈴の音それ自体を熊が嫌う訳ではなく、人間の気配を知らせることで間接的に熊避けになるアイテムである。熊鈴に関しては「人間がそこにいると分かると逆に寄ってくる」説みたいなのもあり議論もあったりするが、そんなやべー熊は滅多にいないと思うので有効だと思っている。でも付けてなかった。

致命的なミス

あまり通行量の多くない登山道なのを悟って登りでは熊避けのためにスマホから音楽を流していたのだが、帰りは何もしていなかった。帰りなので油断していたのもあるだろう。なぜそもそも熊鈴をつけていなかったかというと「山に集中したいのに鈴の音がずっとすると興が削がれる」からだ。ほんとばか。
山登ラーな方々の間では「熊鈴をいつ付けるか」論というものが細々とある。『付けたほうがいいけど、人がいっぱいいる登山道では必要なくない?そんなとこに熊来ないしみんなでガラガラさせてたらうるさいよ。俺は普段は付けて、人がいっぱいいるところではティッシュ挟んで音を殺してザックにしまうようようにしてるよ。』
みたいな。
僕の場合は誰もいない登山道だったので、この論やマナー云々とは関係なく100%付ければいい話なのだが上記の理由(山の雰囲気を味わいたい)で熊鈴は付けずに熊スプレーを携帯するに留まっていた。熊スプレーではどうすることもできないパターンを想像していなかった。今回のパターンだと熊鈴を付けていれば10mの至近距離までうっかりお互いが近づいてしまうということはなかったのでは。避けることの出来た流血なのでは。熊にも申し訳ない。「興が削がれる」とか言ってる場合ではないのである。

【熊に襲われた人に起こる"その後"の話】

病院に運ばれ入院したところまで書いたが「熊に襲われて分かったこと」はまだある。熊に襲われたことで副次的に起こるイベントがあるのだ。

★実名報道

これはキツい。犯罪を犯したわけではないのでドンとしていればいいのかもかもしれないが心にくる。どういうルールなのかというと、僕が警察から聞いた限りでは「(熊に襲われて)全治1ヶ月以上の怪我となると報道機関が情報を求めれば被害者の実名を開示することになっている」とのこと。『全治1ヶ月』が運命の境目なのだ。実名を知ったからといって報道側が実名でニュースにするかは分からないのだが、僕の場合はほとんどの媒体では名前は出ていなかったが実名が出ていたネット記事もあった。やめてー。皆さんも実名報道されないように山では熊鈴を付けましょう。

皆さんはこんなことになりませんように

★保険金

これはもちろん保険に入っていれば、の話だが僕の場合は治療費を差し引いて収支で約14万円の黒字になった。熊に襲われて14万円儲かった。そう考えれば熊に襲われた心の傷も癒るというものだ。内訳はざっと以下の通り。

<収入>  約26万円
・生命保健 15万円
・山岳保険 5万円
・健康保険 6万円
<支出> 約12万円
・当日治療 1万5千円
・入院   9万円
・通院   1万5千円

「生命保険」は1週間の入院に対して保険金が降りていて「健康保険料」はひと月の医療費が高額になったことに対して払い戻しがされた結果である。これだけでも十分に黒字だが今回伝えたいのは「登山保険」に関して。僕が入っていたのはモンベルの登山保険である。山での死亡、負った怪我での入院、他人に怪我をさせてしまった、遭難による捜索費用などが保障内容である。年単位での契約もあるが山に行くその1日に対して保険をかけることもできるので毎週のように山に入るような人じゃなくても非常に便利だ。しかも1日250円〜と安価。僕は月1回も山には行けないので山に行く当日だけ加入している。モンベルじゃなくてもいいので山に行く人は入ってるとめちゃくちゃ心強いのでオススメです。

1年単位でも1日単位でも加入できる保険があるので便利

【最後に】

僕から伝えたいのは何といっても「みんなに熊鈴つけてほしい」の一言である。これまで山で熊を見たこともないという人も多いだろう。僕も10年以上山には行っているが熊を見たのは初めてだった。初めて見た熊が「10m先から突進して来ている熊」である。そういうこともある。熊スプレー持ってても無理なこともあるのだ。これがヒグマだったり、もっと大きいツキノワグマだったらこんな怪我じゃ済まなかっただろう。

襲われるまで重要性が分かりにくいけど、襲われる前に!ぜひ!!

また県によっては熊の出没情報がマップや一覧としてまとめられている自治体もある。僕の場合も後で確認してみたら襲われた日の数日前に近くで目撃情報がアップされていた。この情報を事前に見ていたら計画を変えたかもしれない。少なくとも登山道より人の往来の少ない林道は選ばなかっただろう。とはいえ、自分の行く山域での熊情報を事前に調べて行く人なんてなかなかいないので登山アプリのマップと熊出没情報が将来的に連動するようになるといいのだが。
それでは山に入る皆さんが僕のような目に合わないように祈っています!
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また、このnoteアカウントはこの熊被害レポートのために作ったもので今後の記事更新の予定はありません。次に更新するとしたら、また熊に襲われた(そして生き延びた)時です。それでは!

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