スライド1

何が「自分は意識低いからなあ」だよ。なんだそれ。

僕は「しゃべり」がうまくなりたくて、日々勉強したり実践したりする。

すると、「○○発表うまいよね~、自分は下手だからなあ」といわれるようになったが、何をいってるんだろうと不思議だった。


彼らを見るたびに『いや挑戦してないくせに何言ってんだよ』と思っていた。


彼らはそもそも下手か上手かわからない。発表してない。「3つの△△~」を試したな、ということもない。

場数がないと下手か上手かもわからない。だから発表のチャンスがあれば「俺がやる!」と言うよう常に心掛けている。

先ほど「しゃべり」がうまくなりたいと言ったが、僕が通うのは教員養成大学で、「しゃべる」のがうまくなりたいというよりも、いや、うまくなれよ、教員だろ、と思っている。

当たり前だ、そういう学校だ、それが本分だ。お笑い学校に行ってお笑いを練習するようなものだ。

多大なコストをかけて大学に通っている。リターンをきっちりとる。じゃないと時間はすぐに溶けていく。じゃないと大学の意味がない。


スライド1

「誰か発表して。。」

「ウケなんてねらってませんよー」

「ザーッとスライド読み上げて、席に帰りまーす」

なんだそれ。

せっかくの発表チャンスがあったのに、何も得ずに帰る人がほとんどではないだろうか。


僕はしゃべるのがうまくなりたくて、本で勉強して、大学で発表があるたびに友だちにフィードバックをもらったりする。最初はへたくそだったものの、少しずつマシになってきた。

そこで得られたもの、自分で気づいたものをアウトプットしていった。



これだけでなく、ディスカッションから得られたものもあり、広く使えるノウハウをツイートして、noteにまとめたりした。



スピーチの練習にとどまらず、何をするにもリターンを獲っていかないと、いつの間にか恐ろしいほどの差がついていく。

この意識の差が、たった1回の発表で自分をぶち上げる。

あとは積み重ねるだけ。

「自分は意識低いからなあ」じゃない、なんだそれ。


しかしほとんどの人は一回の発表ぐらい軽く流していると思う。

取捨選択は大事だ。これを見てくれている人もスピーチがうまくなりたいわけではなく、他に注力しているのなら、それもガンガン成果が上がっていくはず。

しかしやってもないのに「自分は下手だからなあ」って意味が分からない。


何が「自分は下手だからなあ」だよ。まだ下手かわかんないだろ。

何が「自分は意識低いからなあ」だよ。なんだそれ。


人は新しいこと、いつもと違うことをしようとすると、防衛本能でストップがかかるらしい。

僕は挑戦してもないのに「自分にはできない」と言う人間にはなりたくない。

一回一回のチャンスから最大限の学びを得たい。


一回スピーチのチャンスがあれば、「俺が発表する!」と申し出て、新しい課題を知りたい。

いきなり芸人・講演家のようにしゃべるのは不可能だとしても、彼らの動画にしがみついて、本のページをめくり、真似し、試すことは誰にだってできる。


やる前から諦めれば失敗もない、でもやらないと出来ないかなんてわからない。

やってダメならもっとやれ。最初はどうせダメだ。だからもっとやるんだ。

そしていつか、自分が真似される時がくる。


そんなことを考えた、新年の始まりだった。


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