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婚前契約のススメ

これまでの記事では、著作権やビジネス契約の話を書いてきましたが、今回は少し趣を変えて、ビジネスではない、個人と個人で交わす契約について取り上げてみます。
しかも、一般的に個人間での契約と言って思い浮かぶ、覚書や念書、示談書のようなものではなく、まだまだ珍しい契約である「婚前契約」についてです。

そもそも「婚前契約」とは何か?

英語ではPrenupプレナッププリナップ。正確にはprenuptial agreement)と呼ばれる、結婚する男女が結婚に際して結ぶ契約のことで、欧米では珍しくない契約類型のようです。

ただ、日本ではこのような契約を結ぶケースはかなり少ないのではないでしょうか。

契約なんてしなくても、婚姻はできます
婚姻は、婚姻の意思をもち年齢などの要件を満たした男女が婚姻届を役所に届け出ることで有効に成立(民法739条1項)しますので、事前の契約が必要となるわけではありません。

また、婚姻という行為は、二人の意思が何よりも重要で、“契約”なんてなじまない、という考えも根強いものと思います。
契約によって夫婦を束縛するのは、幸せな結婚生活のためには適さないのかもしれません。

ただ、その一方で、結婚生活を送っていく中で「結婚前の約束と違う!」ということになる場合も少なくありません。
私も何件か離婚に関する相談を受けている中で、このように結婚前の約束が守られない、反故にされることから離婚を考えるようになったという話を聞く場合も多々あります。

これは、一方が約束を覚えていても、もう一方が忘れている、というケースもあります。
結婚前に何らかの約束をする夫婦は以前から存在すると思いますが、その約束の内容を書面に残していないため、時間の経過と共に忘れてしまったり、あるいは内容の細部が異なるものへと変容してしまっている可能性もあります。

だからこそ、しっかりと契約書という形で書面として残しておくのは無駄ではないと考えています。

私は、行政書士として、これまで20組(2019年11月現在)の夫婦となる男女(以下単に「夫婦」と記します。)の婚前契約書作成のお手伝いをしてきました。
(問い合わせを含めればその数倍です。)
婚前契約自体がマイナーな存在ですので、この20組という数は決して多くはありませんが、でも、婚前契約を望む夫婦は潜在的にはもっと多いのではないでしょうか。

これまでのお手伝いの中では、同じ内容の契約となった事例は全く存在しません。
どの夫婦も、二人を取り巻く環境、価値観、考え方、生き方その他あらゆるものが異なるわけですから、それぞれの夫婦なりの、独自の約束が存在します。

家事は分担すること、のようなソフトなものから、ここでは書けないような内容のものまで、内容も約束(条項)の数も様々です。
でも、それこそが、ビジネス契約のようなものとはまったく違う、人間と人間の間に存在し結びつける契約であり、夫婦のためだけの唯一無二の契約なのだと思います。

また、幸せの形も様々です。
婚姻を継続することだけが幸せではなく、離婚することが幸せにつながる場合もあります。
婚前契約を交わしておくことで、婚姻前の約束を守ってくれない場合、つまり婚前契約違反ということになれば、そのことを離婚事由の一つとして掲げることができると思います。

公正証書にできる?

婚前契約書の作成をご依頼くださるお客様で、公正証書として作成することを希望される方は結構いらっしゃいます。
公正証書といえば、公証人が作成する法的に効力のある書面、ということで、例えば「浮気したら慰謝料として1000万円払う」という内容の婚前契約を公正証書として作成しておけば、実際に浮気が発覚したら1000万円払ってもらえる、払われなかったら給与差し押さえなどの強制執行ができる、というように考えているようです。

また、公正証書のメリットとしては、婚前契約書の原本が公証役場で20年間保存されます。
多くの場合、夫婦は同居していますので、配偶者、つまり婚前契約の相手方の契約書の保管場所を知っている場合もあり、大きなケンカの勢いで保管している婚前契約書を破り捨てられた!という場合も想定されます。
しかし、公正証書であれば、公証役場に原本がありますので、契約の立証は容易になります。

ただ、どのような内容の契約でも公正証書にできるわけではなく、実際には公証人の判断に依りますので注意が必要です。
「公正証書にできますか?」と聞かれることも多いのですが、公正証書は私が作るのではなく公証人が作りますので、私が「できます」「できません」と判断することはできません。
(違法であったり、メチャクチャな内容でなければ、まあ多くの場合は公正証書にすることは可能であるとは思います。
ただ、個人的には、公正証書にしたとしても上記以外のメリットは特にないため、あまり積極的にお勧めするものでもないと考えています。)

※よくお問い合わせいただくのですが、「公正証書にしないと法的効力が無い」と考えている方もいるようですが、そんなことはありません。

公正証書にしない場合であっても、自分の意思で契約したということを証明するための「私署証書認証」という手続きもあり、こちらを選択されるご夫婦もいらっしゃいます。

どんな内容が多い?

夫婦によって本当に様々な内容となりますが、おおまかに分類すると、私がお手伝いしてきた婚前契約では次のような内容を規定する方が多いです。
・家計負担(毎月いくら家計に入れるか、など)
・浮気の範囲(どこからが浮気なのかを合意しておく)
・浮気した場合の慰謝料
・宗教関連(子どもには勧誘しない、など)
・借金の返済(自力で完済してね、など)

その他、夫婦生活や親族との付き合いなど、結婚生活を送っていく上で気になる点について、結婚前に話し合って合意しておくことはとても重要ですね。

すでに結婚している夫婦は、契約を交わしても簡単に取り消すことができるため(夫婦間の契約の取消権。民法754条)あまり有効ではありませんが、これから結婚する二人にとっては、夫婦ではない他人同士の時点での契約となる婚前契約は決して無駄なものではありません。

結婚したい、でも気になる点もある・・・という場合は、結婚前にしっかり話し合って合意した内容を婚前契約書として作成してみてはいかがでしょうか。

婚前契約書という書面を作る行為も重要ですが、それ以上に、なんとなくで結婚するのではなく、具体的な結婚後の生活について二人で真剣に考えるという行為が重要なのだと思います。

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