石垣島旅行 -27歳、残業調整の女の話-
タイとかベトナムの、
東南アジアのムワッとした暑さを感じた。
ホテルから出て居酒屋ひとしに向かう。
2ヶ月先まで予約で埋まっているという超人気店とのことだ。
新型ウイルスの影響で、観光客の数が減っているだろうか、
美由紀はすんなりと予約を取ってくれた。
どこが繁華街なのか、はたまた居酒屋ひとしがどこにあるのか、
由佳は全くわからないし、右手に握ったスマホを使おうという気力もわかない。
「明日からはちゃんと私も道を調べるね、みゆきちゃんごめん。」
由佳は心の中で謝罪した。
その週はほとんど寝てなく、今日に限っては徹夜で飛行機に乗り込んだ。
空港までのタクシーの中と飛行機の中で
ようやくこの4日間の休暇までのTODOを終えることができた。
居酒屋ひとしの予約まで時間があったから、
石垣島ヴィレッジで少し飲もうということになった。
年配の男性に囲まれた女性店員が
お姉さんたちー!飲んでいきませんかー!
とこちらに向かって叫んでいる。
美由紀が「コロナ前の世界線だね。」と言う。
大声で話しかける店員がいない店に入り、
オリオンビールと島らっきょ(生)を注文した。
生の島らっきょに鰹節としょうゆを垂らしたシンプルな料理だけど、
島らっきょのシャキッとした歯ごたえもなおさらのこと、
その少しの臭みと鰹節の風味がいい感じにマッチして、とてもおいしかった。
店員さんはきついパーマをかけたワイルドで愛想のいい女性だった、
この島の人の眉毛は細めだねと2人で笑う。
石垣島での4日間が始まった。
ひとしきり由佳が最近の仕事の愚痴を話し終え、
(実際は話そうと思えば朝が来るまで話せたが)
2人は居酒屋ひとしに向かう。
何品目かの石垣牛の握りがテーブルに運ばれて、由佳は少しだけ胸焼けのような吐き気をおぼえた。
由佳が最後に起きてから24時間はとうに超えている、
無理やりビールを流し込み、神経を鈍らせた。
せっかくの美由紀との旅行の初日に、体調が悪いなんて言いたくなかった。
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労働基準法により、年間の残業時間は360時間を上限と定められている。
(特例に該当すれば720時間)
由佳は建設業界のとある大手企業に勤める27歳であり、
2020年度は激務を極めていた。
入社3年目の彼女がベテラン社員と同様に業務をこなせるわけもなく、
残業時間は2月末時点で350時間の到達していた。
実際、彼女の残業時間は350時間に収まってるわけはなく、
ほとんどはサービス残業していた。
3月も末になれば少しは負荷も下がっているだろうと、
由佳は美由紀を旅行に誘った。
ここ東京にいたらどうせ仕事のことを考えてしまうし、下手したらPCを開くだろう。
しかし、全くの見込み違いで負荷はいつまでたっても下がらなかった。
数回、旅行はキャンセルすべきかと心が折れたことがあったが、
それ以上に由佳の心は限界で、休暇が必要だった。
仕事中は動悸と下痢が止まらなくて、時々手が震えた。
いつもなら聞き流せたような他人からの八つ当たりや叱咤で簡単に涙が流れるようになった。
上司とか先輩からは頑張れあと少しだ、とよく言われた。
由佳は社会人になる前の人生では、察しのいい方で、おおよそ誰が何を言うかは想像できるタイプだった。
社会人になってからは周りのおじさんが話すことの意図が全くわからない、
こんな私にただ頑張れというのは無意味なことがなぜわからないのだろうか。
材料強度を測定されてるようだった。
PCをシャットダウンしたのは、石垣島行きの飛行機の中だった。
最近のJALは事前登録なしでWi-Fiに繋がるらしい、
由佳は最後のメールを送信した。
石垣島まであと1時間くらい、少しでも身体を休ませたかったが、
周りは耳鳴りで苦しむ赤ちゃんだらけで、
AirPodsを忘れた由佳が寝れることはなかった。
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「そんな生活してて、よく2日目は早朝カヤックしようって言えるよね。
タフすぎるよ。」
美由紀は笑った。
カヤックは予約していないことを告げると、
そりゃそうだとまた笑われる。
由佳が泡盛のソーダ割りを頼むと、
美由紀はお水でいいと言った。
「みゆきちゃん、お酒飲まなくなったね。
昔はよくカシオレ一気飲みとかしてたのに。」
「確かに飲まなくなったかも。今も必要があればカシオレも一気飲みできるだろうけど、必要があれば、の話だね。」
お腹もいっぱいになり、2人はホテルに向かう。
明日は竹富島に行くことにした。
8時くらいには起きて、高速船に乗ろうねと話す。
朝ごはんは、ホテルから港までに何かあるといいね。
由佳はお酒が回って吐き気もなくなった。
まだ先週先輩に言われたパワハラまがいの発言への恐怖と苛立ちは忘れられないけど、
美由紀との4日間は無事始められそうだと安堵した。
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