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ほっへへはふほは

  目次

「ふぁふぃふふふぇふぁふぃふぁふふぁ?」

 ――また難しいこと考えてる。

 そして手を離すと、輝く白魚のような指先が、フィンの口の端を突いて吊り上げた。

 ――ほら、笑顔笑顔っ。

「むぅー」

 そう言われても急に笑えるものではない。
 シャーリィ殿下はしばし思案したのち、フィンのわきに手を伸ばした。

 ――こちょこちょこちょ~

「わっ、あはは、ちょ、ふふふふふ、あははははははっ、やだやだ、ははははは、や、やめてであります~!」

 思わず身をよじる。逃れようとするが、笑いすぎて体がうまく動かない。
 しばらくくすぐられると、ぐったりと体から力が抜けた。

「うー、なにするでありますか」

 ――フィンくんは笑ってる方がかわいいよ?

「むぅ……」

 男にとって「かわいい」は誉め言葉ではない。
 でも、不思議と反発は湧いてこない。恥ずかしいけれど、嫌じゃない。頬を染めながらも、抱きしめてくる手を振り払うことはできないフィンであった。
 と。

「……」

 少し離れたところで、リーネが唇に人差し指を当てながらこっちを見ていた。眉尻を下げて、いいなー二人もう仲良しだなー楽しそうだなーなんか寂しいなーいいないいなー、みたいな顔である。わかりやすすぎる。少しは思いを胸中に留める努力をした方が良いのではないかとも思うが、たぶん本人的には秘めているつもりなのだろう。
 くす、とうなじのあたりで笑いがさざめいた。
 まばゆいほどに白い腕が背後から伸びて、リーネを手招きする。
 そして自分の隣をぽんぽんと叩いた。
 リーネは、なにもそこまで、と思うほど表情を明るくして、小走りで駆け寄ってくる。ゆさゆさと揺れる胸。
 そしてえいやっとフィンとシャーリィの隣に座り込んだ。にへらー、と締まりのない笑み。
 子供か。

「お二人は何の話を?」
「え、えっと、好きな食べ物の話であります」
「わたしはパニアスの実が好きですっ!」

 子供か!
 そんなこんなで、三人でとりとめのないおしゃべりを始めるのであった。

 だが。

 ――高速接近する物体あり。飛翔生物と推定。十時方向より接近中。全長約二十メートル。翼開長約二十メートル。

 脳幹にインプラントされた受容体に、戦術妖精たちからの報告が来た。
 痙攣するように全身が覚醒し、シャーリィの膝から跳ね起きる。
 即座にリーネも立ち上がり、首元に手をやった。

「なにかが近づいてくるであります!」
「オークですか?」
「いえ、空を飛んでいます。それに、遥かに大きいであります――!」

 やや困惑しているシャーリィを尻目に、戦士二人はすでに臨戦態勢だった。

「まさか、混沌飛竜ケイオスワイバーン……!?」

 リーネは切れ長の眼を剥いた。

「な、なんということだ……鎧化アムド!」

 瞬間、首のチョーカーからぼんやりと蒼く輝く奔流が蜘蛛の巣のように広がり、リーネの全身を包み込むと、ぎゅっと凝固して魔導甲冑となった。
 フィンは目を丸くするが、いきなり壁に叩きつけられてかのような凄まじい圧力を感じ、意識がそちらに向いた。
 全身の毛穴が開き、産毛が逆立つのが分かる。

 ――何か……まずい……ッ!

 恐ろしいものが来る。とてもとても恐ろしいものが。
 絶滅級腫瘍艦を前にした時にも似た、心臓を鷲掴みにされるような感覚。

「精霊力が……!?」

 放射される絶大なる殺意が、この森を循環していた力を圧し、殺伐たる空白地帯を作り上げていた。
 やがて、重い霧のごとく、湿った風切り音が降りかかってきた。

【続く】

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