道化師とは一体……うごごごご!
「あァ!? フザけルなよ〈道化師〉テメェ、どういうつもりだ。なに水差してんだヨ殺すぞ」
「どういうつもり、だって? キミこそいったいどういうつもりなんだい?」
「決まってンだろヒョロカスどもを殺すんダよ! なに寝惚けたこと言ってんだ!!」
「自分でできもしないとわかりきっていることを、いくら声高に吠えたてたって、それは意志を表明したことにはならないよ」
悪鬼の喉が、ぐぅと唸った。
白い人物の声には、何か相手の魂を直に掴むかのような、決して無視しえぬ力があった。
――恐らくは、少年、であるか。
ローブ越しではあるが、骨格はかすかに見て取れる。フィンくんよりは幾分年嵩の少年だ。
「オレが、そいつに負けるってのかヨ」
「あぁ、負けるよ? 食い下がるだろうけど、結局は負ける。間違いない。そしてそのことをキミがわかってないわけないよね?」
短い時間で総十郎が見て取ったオークの人品からすれば、激高してもおかしくない言葉だったが――苛立たしげに少年を睨むばかりだった。
図星を突かれて不貞腐れている。
実に意外な反応だ。
「もう一度聞くよ? どういうつもりなんだい? 激情に任せて勝てない相手に突っかかって、それで? キミの目的は? 宙ぶらりんのまま勝手に強敵との戦いに満足して死ぬつもりだったのかい? 目標が低くなってないか?」
「……うるせェよ」
ローブの少年は、人差し指で戦鎌の刃をとんとんと叩いた。
「これに選ばれた意味をもう一度考えることだね。キミの命はキミ一人のものじゃない」
「うるせェっつってんだろうが!!」
取り合わず、少年はこちらに顔を向けてきた。
「さて、初めまして、だね。僕のことは〈道化師〉とでも呼んでほしい」
「……何者か。」
「うーん、難しい問いだね。いくつか答えはあるんだけど、あなたが求める答えとなると……そうだな、敵、だよ。そう思ってくれて構わない」
「つまりそこな悪鬼の片棒を担ぐ外道であると考えてよいか。」
少年は、肩をすくめた。
「やれやれ、辛辣だね。否定はできないけど、僕自身はエルフ族の虐殺を望んでいるわけじゃあない。ただし、目的のためならばそれを看過するのも止む無しと考える程度には、追い詰められている者だ」
「目的、とは。」
「ふぅむ、ちょっと待ってほしい」
フードがわずかに持ち上がり、闇影の奥から底光りする大きな瞳が覗いた。
目蓋をすがめ、瞳孔が収縮する。
総十郎は、額から眉間にかけてひりひりと熱を感じた。
思わず、目を細める。この少年は、本当になんと人を真正面から見ることだろう。魔眼の術式でも修めていれば、凄まじい使い手になっていたに違いない。
人格と言う殻を透かし、魂の本質そのものを見抜かれる感覚。
恐らく錯覚ではない。
「――へえ、なるほどねえ」
その声は、どこか酷薄な響きを帯びていた。
「なるほどなるほど。あなたはいい人だ。とてもとてもいい人だ」
それまであった柔らかい印象が消えてなくなり、明白な敵意を滲ませている。
「だから駄目だね、あなたには僕の目的を話すことはできない。どころか――」
フードを直す。口元のあえかな笑みは消えていた。
「今後事態がどう転ぼうと、僕とあなたは敵同士でしかありえないみたいだ。いや残念だなぁ、こんな強い人と敵対しないといけないとは、まったく運がないよ」
「君に恨まれるようなことをした覚えはないのだがね。」
「あぁ、違う違う、そんなことじゃないんだ。これは――そうだな。見苦しい嫉妬、なのだろうね。だからあなたは何も気に病むことはないんだよ。そのまま正しいと思ったことを迷いなく成しつづければいい」
それきり、総十郎から興味を失ったように視線を外した。
「――おや?」
その眼が、ある一点でぴたりと止まる。
〈道化師〉と名乗った少年は、息を呑んだ。
そちらに目を向けると、倒れ伏すフィン・インペトゥスと、彼に付き添う二人のエルフがいた。
どういうわけかフィンは昏睡し、そしてリーネの腕はくっついている。
だが――〈道化師〉はその不条理に驚いているわけではないようだった。
「これはこれは……」
声に苦笑が混じる。
こちらもオススメ!
私設賞開催中!