終わりをもたらす者たち #3
「……気に入らねエ」
「何がだ」
「テメェなら反応できただろうガ。なんで動かねエ」
「損得勘定の問題だ。貴様はまだ利用価値がある。殺すわけにはいかん。刃を止めたということは、貴様とて私に対して同じことを考えていたのだろう。己が殺戮衝動を抑制し、打算を巡らせることができる――確かにオークとしては変種の域だな。これに選ばれただけのことはある」
顎をしゃくって紅き戦鎌を示す。
その言葉に、目に見えて気分を害したヴォルダガッダ。凶悪な眼光が圧を増す。殺したいという本能と、まだ駄目だという理性が鬩ぎ合って軋んでいる。
ヴォルダガッダの胸中で煮え滾りつづけている極限の殺意。この世のすべてを殺し尽くしても満たされぬであろう深度の絶滅意志に、横で両者を見下ろしていた混沌飛竜は怯えたように頭を伏せた。
仮面の男から溢れ出る負の瘴気すらも、ヴォルダガッダの桁違いの生気と殺気を前に、吹き払われてゆく。
「あぁ、殺伐してるね二人とも。仲が良いようで何より。でもお願いだから本番は勘弁して欲しいところだね」
第三者の声が、上から降ってきた。
澄んだ声だ。少年か、女のものだろう。しかし不釣り合いなまでに悠然とした落着きのある口調であった。
人影が、ゆったりと降下してきている。自然落下より明らかに速度が遅い。何らかの理解を絶する力が働いていた。
純白のローブをまとっている。衣類もまた謎の浮力を受けているのか、裾が広がっていた。
その周囲をぐるりと囲むように、譜面にも似た魔法陣が浮かび上がっていた。衛星のようにゆるやかに回転し、翠色のぼんやりとした光を宿す。
やがて、音もなく着地する。同時に、魔法陣が無数の花びらに変化して、舞い散っていった。
広がっていた白いローブが重力に従うことを思い出し、垂れ下がる。
長旅の塵にまみれた他の二人とは異なり、不自然なまでに汚れがない。周囲の景色と比べて、奇妙な隔絶感のある人物だった。
「霊体化に瞬間移動――相変わらず便利だね、幽鬼王って」
「貴様のその魔法の方が常軌を逸している。帝国ではそのような妖術が開発されているのか」
「ま、軍事機密ってとこかな。詮索は勘弁してもらえると助かるね」
ローブと一体化したフードによって、顔の上半分は覆い隠されている。あえかな笑みを浮かべる口元は端正であった。
二人のもとに歩み寄る。その足元では、地面を踏むたびに半透明の植物が繁茂し、萎れて散って行った。肌に血の気があることから、尋常な生者には違いないが、彼もまた鉄仮面やヴォルダガッダに劣らぬ規格外の存在であるようだった。
「それで、ヴォルダガッダ。今回はどうだった? 僕としては会心の出来栄えなんだけど」
「テメェの造形はなんかナヨついてて吐き気がすル。三十点」
「やれやれ、手厳しいなぁ」
苦笑しながら、何かを捧げ持つように白い掌を伸ばす。
すると、そこに発光する煙がわだかまったかと思うと、さきほど消えたはずのアゴス神の姿が再び出現した。
ただし、今回は手のひらサイズである。
さきほどオークたちを熱狂させたアゴス神の姿は、このローブの人物の力で紡がれたもののようだった。
「キミの要望通り、全身に目玉を配してあげたじゃないか。僕としてはあまり美しくない改善だと思うけど」
「緑しかねえから目玉だってわからねエ。そこだけ赤くなんねえのかヨ」
アゴス神の体表にぽつぽつと盛り上がっていた出来物は、制作者の意図としては眼球だったらしい。
「あー……それは難しいね。僕は緑専門だから。知り合いには赤い像を紡げる子もいるんだけど」
「使えねェナ。これだからヒョロついたカスは」
仮面の男の頸から双戦鎌を引くと、連結して元の形に戻し、背中に担いだ。
乗騎の方へと向かう。
「どこへ行く」
「あいつらのお守りダ。声の届く範囲にいないとマトモに動きやがらねエ」
大戦鎌の柄から伸びる鎖が、再び毒蛇のように跳ね、混沌飛竜の頸に巻きついた。
「では戦力を一か所に集めろ。散らばり過ぎだ。あまりエルフを舐めない方がいい」
「うるせエ指図すんな殺すゾ」
黒き翼が力強く打ち振るわれ、破壊の凶獣は宙に舞いあがった。
重く湿った羽音が断続し、混沌飛竜の姿は瞬く間に巨樹の合間へと消えていった。
「……良かったのかい? 〈鉄仮面〉。森を燃やすなんて言ってたけど」
「構わん、〈道化師〉よ。燃やし尽くせばよいのだ。叶うならば私自身が成したかったことだ。もっとも、現実には難しいだろうがな」
その声色には、眼前に広がる太古の森に対する、言語を絶した憎しみがあった。
「あぁ、そうだね。ことが終わったら、こんな森焼き尽くしてしまおう。帝国には想像を絶する爆炎魔法の使い手がいるからね。僕自身はともかく、僕のコネは信用してくれていいよ」
ヴォルダガッダが去ったのち、残された二者は言葉を交わす。
どこか共犯者めいた空気が、二人の間にはあった。
「帝国は、本当に動いてくれるのか」
「それは大丈夫。すでにオブスキュアの女王様に書状が到着している頃合いだろう。あとは女王が決断をしてくれるかが問題だね」
「……迂遠だな。有無を言わさず押し寄せれば良いものを」
ローブの少年は大げさに肩をすくめる。その腕に絡み付くように緑の半透明な蔓が伸び、一瞬で花をつけ、散らし、萎れて消えていった。
奇怪な幻影は、〈道化師〉の動きに合わせて像を結び、ユーモラスに動作を強調する。
「帝国としては、あくまで侵略ではなく救援という形でオブスキュアに入りたいんだよ。体裁は重要さ。あなたもわかっているだろう?」
〈鉄仮面〉は、軽くため息をついたようだった。
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