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ケイネス先生の聖杯戦争 第二十六局面

  目次

「なに、なッ……なぜ? いや、どうやって!?」

 振り返ったその先にいたのは、金髪を後ろに撫でつけた貴公子然とした青年。ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 そして彼が召喚したと思しき仮面のサーヴァント。女受けのよさそうな甘い艶貌に、まっすぐとした怒りの感情を露わにしている。

 その腕には、蟲蔵に放り込んでおいたはずの少女が抱かれていた。間桐桜。次の聖杯戦争で確実な勝利を得られるマスターを産ませるために確保しておいた孕み袋。

 引き裂かれたカーテンで小さな体を包み込まれ、茫洋とした眼のまま特に何の感情も伺えない。

「この――この外道め」

 片手に握られた紅と黄の魔槍が打ち振るわれ、諸共に切っ先をこちらに向けた。

「このような幼子に対しなんと惨い仕打ちを……いったい貴様はなん――」

「黙れランサー。そんなことはどうでも良い」

 こつこつと乾いた足音とともに、ケイネスが歩み寄ってくる。

「どうやって、という問いの答えは単純だ。魔術的な結界や警報など私のランサーの前では無いも同然なのでね。〈破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグ〉で一時的に無効化している間に間桐の屋敷の防衛システムはすべてハッキングさせてもらった。お前はもうどこにも行けない」

「な、なん――」

「なぜ、という問いに応えるのはさらに簡単だ。今も見えているのだろう? 雁夜の視界に映っているものをよく御覧じろ」

 臓硯は慌てて自己強制証文セルフギアス・スクロールの文面を穴が開くほど睨みつける。

 拘束術式:対象――間桐雁夜
 間桐の刻印虫が命ず:下記条件の成就を前提とし:誓約は戒律となりて例外なく対象を縛るもの也:
 :誓約:
 間桐家五代目当主、鶴野の弟たる雁夜に対し、取りうるすべての手段をもってケイネス・エルメロイ・アーチボルトの聖杯獲得に協力することを強制する
 :条件:
 間桐桜が間桐臓硯の庇護下を永久的に離れ、二度と臓硯の命令や意向に従う必要のない状況が成立すること。「永久的」か否かの判断は、間桐雁夜に一任される

「な――ッ!」

 ハリエニシダの燃え盛る花のように鮮やかな金糸雀色の閃光が、臓硯の片腕を吹き飛ばした。

「そういうことだ。覚悟を決めろ、外道」

 無論、即座に再生が始ま――始まらない?

「回復阻害だと……」

 いや、それ自体は別段脅威ではない。臓硯の肉体は無数の蟲の集合体によって編まれたものだ。再生しなかったところで何ら致命的な事態ではない。より深刻な問題なのは、己の身を分解して蟲に戻し、散開するということがどういうわけかできなくなっている点である。

 現状、臓硯を構成する蟲に「本体」と「端末」の区別はない。すべての個体が等価の存在として、相互的な魔力の流れによるニューラルネットワークを形成し、魂を納める座として機能している。特定の弱点部位を作らなかったのは、危機管理の上で当然の判断であったが、今回ばかりはそれが裏目に出た。

 いわば神格の手による概念武装とも言える〈必滅の黄薔薇ゲイ・ボウ〉は、「対象が負傷したままの状態で固定化する」という絶対的ルールを押し付ける存在ともいえる。

 バラバラに散開してしまえば負傷がなかったことになってしまう以上、そのような行いはルール上不可能になってしまうのだ。

 臓硯は将来的に、自らの知性と記憶と魂のすべてを一匹の親指大の蟲に押し込め、他人の心臓に寄生することによって延命しようという計画を温めてはいた。この状態であれば、「端末」の蟲は「臓硯の肉体」ではなくなり、散開による逃亡も可能であっただろうが――現状は寄生先を探している段階であり、実行には移していなかったのだ。

 もっとも、仮に散開が可能だったとしても、間桐邸の防衛システムは「神童」ロード・エルメロイの手によって解析され、乗っ取られ、機能を反転させられ、「臓硯を守る防壁」から「臓硯を閉じ込める檻」に変わっていた。どのみち逃げ場などなかったのだった。

【続く】

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