ケイネス先生の聖杯戦争 第二十一局面
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、死を覚悟していた。
この下水道は、遠坂邸にほど近い地下を走るものであり、あのような無茶な大破壊を繰り広げれば、ほどなく遠坂時臣の知るところとなる。
そういう予測自体はできていたが、まさかいきなりサーヴァントを差し向けてこようなどと、そこまで切迫した危機感は持っていなかった。
その攻撃に反応したのは、ケイネス自身ではない。自律防御モードで待機させていた月霊髄液だ。
ゆえに、最初の攻防は双方にとって不可解な結果に終わった。
銀の流体が瞬時に防護膜を形成し、繰り出されてきた短刀の一刺を見事に防いでのけたはいいものの、ケイネス自身すら防ぎきれるなどとは期待していなかった。
なぜなら、自分の前に立つ黒い人影は、明らかにサーヴァントであったから。
全体的に痩せこけていながら、要所要所に球根のような筋肉の隆起が見て取れる、非人間的な体つき。
暗闇に浮かび上がる白い仮面は、髑髏を象った不吉なものだ。
――アサシン……!
いかに正面戦闘では最弱のクラスとはいえ、マスターを殺める程度ならば造作もないはずの存在。
――何故、防げた?
神秘は、より強い神秘の前に崩れ去る。いかに現代魔術の精髄たる月霊髄液でも、存在自体が濃厚な神秘であるサーヴァントの攻撃を防げるほどのものではないはずだ。
見ると、相手もまた戸惑っているようだった。
自分の攻撃を防いだ液体金属を見て、警戒している。
「Dilectus incursio」
瞬時に流体へ圧力をかけて変形させる。先端に鋭利な刃を備えた超高速の鞭としてしならせ、遠心力を乗せて叩きつける。
人間ならば成すすべもなく両断される攻撃だが、アサシンは身を投げ出して回避した。そのまま地面を転がり、跳ね起きる。
油断なく構えてはいるが、その身のこなしは今少し離れた場所で死闘を繰り広げているランサーやバーサーカーとは比較にならないほど鈍く、脆弱だ。
攻撃の瞬間までケイネス自身には存在をまったく察知されなかったのだから、気配遮断スキルは十全に機能しているようだが、ではこの異様な弱さは何なのか?
「遠坂時臣の召喚したサーヴァントとお見受けする。当面はそちらと事を構えるつもりはない。神秘の秘匿について咎めているのならば、破壊活動を行っているのはバーサーカーであって我らではないと言わせてもらう」
「時臣、だと……ッ!!」
ケイネスの言葉に応えたのは、目の前のアサシンではなかった。
白い髑髏からは目を離さず、スズメの使い魔の視覚を通じて声のした方向を見る。
荒い息をつく間桐雁夜がいた。
――だが、なんだその体たらくは。
立ってすらいない。喘鳴を洩らすだけの半死人だった。床に横たわり、凄まじい形相でアサシンを目指して這い寄ろうとしているが、無為にもがいているのと大差なかった。
全身の血管が浮き上がり、間桐雁夜に凄まじい消耗と苦痛がもたらされていることを物語っていた。体の各所から止めどもなく出血している。
――死ぬな、これは。
恐らく生きて朝日は拝めまい。
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