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船と団子と石山詣で

どこでもいいから桜を見に行きたいと思い、滋賀県大津市の石山寺に行ってきました。
ちょうど大河ドラマ館も開いており、「光る君へ」は毎週楽しんでいるので、良いきっかけに。

京阪電車の石山寺駅で降りると、分かりやすい立て看板。瀬田川があるので方角を迷うこともありません。
ここに至るまでも、電車内の広告で紫式部や源氏物語がクローズアップされており、大河ドラマ効果を感じます。

石山寺は平安京からほど近く、貴族や女流文学者が好んで参拝していたといいます。紫式部がここで源氏物語を執筆したという逸話があり、ゆえに紫式部ゆかりの地なのですね。

駅から850m、遊歩道を進んでいきます。
昭和の時代に設置されたであろう朽ちた観光案内板と、現在の源氏物語を絡めたデザインが並び立ち、観光地としての歴史の厚さを感じました。まあ紫式部も通ったぐらいだし……。

皆が撮影していて、自分も思わず撮ってしまったのが、石山寺郵便局のポスト。こういうのを見ると観光地に来た感じがしますね。

そして石山寺の正面、東大門に到着。
脇には出店が並び、奥の駐車場付近にはカフェやパン屋もあります。

とりあえず「固めプリンチーズアイスのせ」を食べて休憩。喉が渇いていたのでアイスコーヒーにしました。
この春は気温の変動が激しいですね。この日は夏日というほど暑くはありませんでしたが、歩いていると冷たいものが欲しくなります。

続いて時間の関係で、先に『瀬田川・琵琶湖リバークルーズ』へ。
石山寺港から瀬田川を北上し、琵琶湖に差し掛かるあたりでUターンして帰ってくるクルーズです。所要時間は30分ほど。

石山寺公式サイトの歴史には「当時の人々は京の都から逢坂の関を越え、打出浜からは船に乗って」と文言があります。
変化の激しい時代、山河や寺社仏閣の変わらなさには得難い価値を感じます。平安時代の人々もこの川を下っていたと思うと情緒がある。

両岸には大学や企業のボート乗り場があり、大学生がボートを着水させている姿も見えました。
さらに良かったのは、数羽のユリカモメが船と並走してきたこと。ロシアのカムチャッカ半島からの渡り鳥で、この周辺ではよく見かけるようです。

かっぱえびせんが好きという豆知識も聞いたので、船に近づくと何かもらえると認識しているのかもしれません。
花鳥園でもないのに、こんなに近くで目が合うとは。今回一番印象に残っている出来事です。

船は琵琶湖に入ったところで旋回し、元来た航路を戻っていきます。
一気に川幅が開けて海のような景色になり「ひろーい」「広いねー」などと話していたのですが、後で地図見てびっくりしました。

広いと思った場所も、琵琶湖の端の端なんですよね……。こうして見ると広大さに圧倒されます。

30分の航海を経て、石山寺まで戻ってきまして。

SNSで見かけて気になっていた、揚げみたらしを食べます。
石山寺の入口前は何度も通りましたが、この店だけは常に長い行列が途切れぬままでした。並んでみて分かったのですが、注文を受けてから揚げ始めるので時間がかかるようです。

表面のさくさく食感が面白い。がっつりと甘い「特選きな粉」と、春限定の「梅の香」が特に美味しかったです。お腹が空いていたのはあるかも。

だいぶ寄り道をしましたが、ようやく石山寺へ。
ちょっと順路が分かりづらい部分があったのと、思ったよりしっかり歩くのと。基本的には「花の寺」としての自然公園のような扱いなのかな。

歴史や仏教、建築の知識を蓄えていれば、より深く味わえそうではあります。
家族連れの未就学児っぽい子が「もう石はいやだ〜」とぐずっており、たしかに子供にはちょっと退屈かもしれません。
外国人客も少なめで、有名な観光地よりはゆったりとした時間を過ごせるのは良いのですが。

そういう意味では、入口入ってすぐの大河ドラマ館は分かりやすかったです。出演者のサイン色紙も飾ってありました。夏はサマー。

ドラマ館の隣では『恋するもののあはれ展』も開催されており、こちらはさらに現代的なアプローチ。
紫の上の和歌を訳した「こんなに孤独で何が春だよ」が格好良くて印象に残ってます。自分が学生の頃はここまで現代的なデザインはまだ少なかったので、新鮮に楽しめました。
ドラマから入って源氏物語を軽く知ってる層や一般層向けの作りですね。馴染みやすくて素晴らしい。

石山寺のみだとちょっとストイックなところはありますが、クルーズや出店、今年に限っては大河ドラマ館が開いており、ちょうど旬の時期に訪れることができたかと。
手軽に船旅を楽しむのに琵琶湖がぴったりだったので、また近辺を訪れてみたいです。

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