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#42_【視察】ボーダーツーリズム@道東

なんで日本の「すみっこ」から「すみっこ」に行こうと思い立ったのか、最初自分でもあまり分かっていなかったのですが、思い起こすと一応伏線はあったようで、2017年でしたか、「ボーダーツーリズム推進協議会」さんが、対馬でシンポジウムを開催されました(裏が取れませんが、数日後に2倍成人式で横浜に行っているので、この年だったはず・・・)。この時は、ケガで入院していたため、参加できなかったのですが(-_-;)。
とりあえず、「すみっこ」にいないと、こういうことに興味を持つことってないですよね。

しかしながら、北海道のボーダーといいますと、コルサコフ(サハリン)との航路がある稚内側しか記憶になく(現在航路は運休中)、道東は野付半島を見つけるまでノーマークでしたf^_^;)。
距離でいうと、根室のほうが圧倒的にボーダーに近いのですが(ただし、国境ではありません)。

ちなみに、釧路の街中でもこんなバスを見掛けました。

【北方領土返還を訴えるラッピングバス。】

車で道東を走っていて、目に留まったものを紹介します。

【「道の駅おだいとう」にある「四島への道 叫び」】
【右側が見えにくいので拡大します。】
【蝦夷地開拓に尽力した最上徳内の出身地だからでしょうか、山形県の鈴木傳六氏から寄贈されました。ちなみに、「株式会社でん六」の創業者です。】
【国道244号線の野付半島から国後島を臨む区間を「ホッポーロード」と呼ぶそうです。】

これだけロシアに近いため、中央の人間にとっても、国防上重要だと意識された場所になります。
江戸時代の後期に、ラクスマンがロシアに漂着した大黒屋光太夫を伴い、根室、そして松前に来航し、そこから幕府の警戒感が高まった、という話もありましたね。

そして、道東地域にはアイヌ文化期(13~19世紀)の砦跡と言われている「チャシ」が数多く確認されています。

【納沙布岬にほど近いヲンネモトチャシ跡】
【草が凹んでいるところは堀のようです。】
【離れたところから見ると「お供え餅」のようだというのが分かります。】
【これだけ視界が悪くても対岸の島が見える距離感です。】
【説明板です。】
【国指定史跡です。】

ちなみに、日本100名城Ⓡのエントリーナンバー1だそうです。
100名城はコンプリートできる気がしないので、この世界に足を踏み入れていませんが、続100名城も含めると、金田城、福江城、根室半島チャシ跡と、どういうわけか、また「ラスボス」級の城に足を踏み入れています。

そして、いよいよ真打ち「納沙布岬」にも訪れましたが、残念ながら、こちらも霧・・・。

【四島のかけはし】
【希望の道。全国から集められた石が敷き詰められています。】
【きぼうの鐘】
【アイヌと和人の戦いの説明板。立場によって歴史の見え方が違っています。】
【晴れていると何が見えるかが地面に描かれています。】
【高さ96mあるオーロラタワー(現在休館中)。】

ところで、日露関係の話は北海道だけかと思っていませんか?
実は、対馬でも事件が起きているんです!

【ロシアの軍艦が通行を求めたことを発端に殺傷事件が起きた大船越。】
【ロシアが半年間占拠した芋崎には「露寇の碑」がいまも立ち続けています。】
【海軍の要港部が設置された竹敷。現在は、海上自衛隊対馬防備隊があります。】
【芋崎をはじめ浅茅湾内には、いくつも砲台が設置されます。】
【日露開戦を見据えて掘削された万関運河(赤い橋が架かっているところ)。】
【対馬沖(日本海)海戦後、ロシア兵が漂着した場所に立つ記念碑(右奥が最初のもの)。】

道東の方の中には、様々なかたちでロシアとの交流を行ってきた方もいらっしゃるようですが、昨今の世界情勢によって交流がすっかり冷え込んでしまい、複雑な心境を持たれている方がいることも耳にしました。
対馬でも、対馬沖海戦の敗残兵への手当をしたという話が、100年以上前から語り継がれていますから、同じ心境の方もいらっしゃいます。

一刻も早く、情勢が良くなることを、切に願います。

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