見出し画像

やさぐれエンジェルと天国の七階:第二話

 もちろん、この世界に神はいる。
 実際、本物の天使が各地に降臨して各国政府に助言を告げるわけだし。
 神そのものは姿を現したことはない。
 それでもその御使いである天使の存在は公的なもので、映像だって撮影されている。
 戦争が起こりそうな時など人類の重大事にはいつも彼らが出現して調停するのだ。
 この前はニューヨークのエンパイアステートビルの上空と、サウジアラビアのトリリオンタワーの上空に出現した。

 *

 俺は神の高さまで到達する準備を始めた。
 この世界で一番高い山は一万二千メートルだ。その峰を超えていく鷲もいるという。少なくともそこまでは飛べるだろう。
 日が陰り始める午後三時頃に出発。神は地上からどれくらい上空にいるんだろうか。たどり着ける、うっしと気合を入れた。
 成層圏は空気が薄く、寒いだろう。
 犀の胃から作られた空気袋を背負い、防寒用に液体炎が入ったジャケットを羽織った。ポケットのつまみを回すと、このジャケットの綿の部分に液体の炎がめぐる仕掛けだ。
 長い飛行で疲労した時のために、干したデーツの実を胸ポケットに入れた。
 地面を蹴って飛び立った時には、ザキルをよみがえらせようという使命感に燃えていた。そして神の顔をおがめるという高揚感も混じっているのは否定しようもない。

 世界最高峰の高さまでは、わけもなかった。何匹かのトケイダイワシが悠然と飛ぶのを通り越し、ぜんまい仕掛けの羽根はぐんぐん羽ばたいていく。
 やがて地平線に、夕日が蛍光のカーマインレッドを吐き出して沈み、空に星が現れ始める。
 ひどく寒くなってきた。
 炎のジャケットを作動させたが、歯の根が合わずカタカタと鳴る。出力を最大限にして、デーツも口に放る。
手や足の先端からしだいに感覚が失われていき、このまま凍り付いてしまいそうだ。だが、引き返すわけにはいかない。

 飛び続けるうちに眠りに引き込まれて何度もガクッと首が垂れた。羽根のぜんまいを緩め、目を覚ますために自分の筋肉を動かして羽ばたく。
 あたりは暗く、地平線は丸い。そのすぐ上は深い藍色で、天頂に近づくにつれて暗くなる。
 星明かりは、空にたくさんの灯台が浮かび、信号を送ってくるようだった。
 筋肉を動かすのは一時的に目覚める助けになったが、肺が酸素を渇望してあえぎ始めた。俺は酸素袋のチューブを引いて、鼻と口に装着した。それでも苦しいので羽根のぜんまいを巻く。意識はまた遠のいていった。

 気付くと、さっきよりも空気が温かく、身体は空中をやわらかにたゆたっている。ようやく神のもとへと近付いたのだろうか?
 ぜんまいの羽根がゆっくり羽ばたき続けているのが頼もしい。
 明るくなってきた。
 暗闇から何か光るものが接近してくる。
 目を細めると、ボロ雑巾の塊のようにぼさくれた狼の群れだった。黒光りする金属の甲冑をまとい、背後に緑色の排気ガスを噴き出しながら空中を進んでくる。
 周囲の温かさは、そいつらが熱源となっているようだ。
「止まれ」と一番先頭の一匹が咆哮した。
 近くで見ると、獣と人間が融合したような奇妙な顔をしている。人間みたいな肌色の鼻にピアスをしていた。
 目玉は赤く血走り、皮膚病なのか顔にはあちこちに潰瘍ができている。近付いたら何かに感染しそうだ。
 俺は慌てて羽根の動きを停止させ空中に停まった。
「わしらは神の国の門番だ。ここから先へ行くことはまかりならん」
「神の国?」
 身体に生気が甦ってくる。ついに神のおわす高みにまでたどり着いたのか。
 だが、こいつら本当に神の門番なのか?
 まるで地獄の番犬みたいじゃないか。
 なんだかえらくみすぼらしいし。
 後ろにいる数匹は、蚤がいて痒いのか、後ろ足で盛んに耳の後ろを掻いている。
 疑いつつも、俺は懇願した。
「どうしても神に会わないといけないんだ」
「いかなる理由があってもならぬ」
 獣の息は腐肉の臭いがした。
 鼻をつまみたかったが、なんとか我慢する。
「どうしてだ。俺は偽天使部隊に入ってる。ずっと神の秩序を守るために働いてきた。神の敵と戦い、降伏させてきたんだ。褒美をもらわずともいい、一度きり面会させてほしい」
「ならぬ」
「聞いてくれ、自分のためじゃない。ただ俺は友達を助けたいんだ。友達は神の敵の手にかかって命を落としてしまった。彼には婚約者がいる。生きていたなら、家庭を築き、新たに神に仕える天使を生み出したかもしれない」
 門番に訴えようとして、神の軍勢を増やすことに言及したが、俺はザキルとサフィアが静かに平和に暮らせることだけを願っていた。本当だ。
「神に会うことは不可能なのだ。それに他を差し置いて、ただ一人を助けるわけにはいかぬ」
「俺が、俺が代わりに冥界に入る」
 獣はずるそうに口元を歪めて笑った。
「ほう、その覚悟はできているのかな」
「もちろんだ」
 だが次の瞬間、獣は予想外のことをのたまった。
「ならわしらがお前を食らってやろう。冥界に行く覚悟はできてるんだろう。ちょうど腹が減ってきたところだった。神の門を守るわしらの腹を満たし、糧となることには、よもや異論はあるまいな」
 言うそばから、よだれがだらだらと口の端から垂れてきた。
 あまり我慢できないタイプらしい。
「そうしたらザキルは冥界から戻ってくることができるのか」
「それはできぬ相談だ。あまり戯言をぬかすではない」
「冗談言うな! オレは神に会いにはるばるここまで来たんだ。お前らに喰われるためじゃねえ」
「わが糧となるのは名誉なことだ。誇りに思え」
 獣どもが飛びかかってきた。
 俺は大きく一羽ばたきして後方に退き、急いでぜんまいを巻き直す。
 三匹の犬が、俺が今までいた場所に同時に飛び込んんで、派手にぶつかりあった。甲冑がいやな金属音を立てる。
 首領でもあったはずの鼻ピアスは頭の打ちどころが悪かったのか伸びてしまった。残りの二匹はそのまま互いに牙を剥きあい、絡み合う毛玉みたいに取っ組み合いを始める。
 神の番人というか、ただのごろつきじゃねえか。
 だが、呆れている暇はなく、他の二匹がこちらに跳躍して向かってくるのが見えた。
 俺は腰の短刀を引き抜いて体勢を立て直し、渾身の力で上に昇った。
 二匹も後を追ってくるのが、下から沸き立つ熱でわかる。
 だんだん俺は疲れてきた。
 羽根も、ここまで飛んでくるまでにへたっていたのだろう、ぎりぎりときしんでいる。
 それを見抜いてなのか、背後から嘲るような咆哮が追いかけてきた。
 獲物を狩り立てるのを楽しんでいるようだ。
 もはやここまでか、と思った時、俺は奇策を思い付いた。

 体を脱力させ、背中を下にして獣どもの方に落下する。
 下からは、大口を開けて牙をカチカチ鳴らす音が聞こえてきた。獲物を噛み砕く悦びを押さえきれないのだろう。
 その鼻先に触れそうになった時、羽根が力を取り戻し、ぐいっと二匹を上から押した。
 獣どもは、耳元まで裂けた大口で翼に噛み付き、引きちぎろうとする。
 どうも様子が変だ、やけに軽い。そう思った時には、二匹の腹が破れた。紫色の臓腑がウミウシのようにほとばしり出る。獣どもはもんどりうって落下していった。

 *

 そう、俺は羽根をいったん外して押し付けたのだ。それを目隠しにして、下方に飛び降り、その動きの中で甲冑で守られていない無防備な腹を切り裂いた。

 ……それで、俺はここで落ちてしまったんだっけか。
 いや、違う。
 羽根には特別な仕掛けがあって、持ち主が半径三十メートル以内にいる時には、万一背中から外れてしまった場合、自動で追いかけてきて背中にくっつくのだ。
 首領はまだ気絶して浮かんでいたし、後の二匹は飽きもせず喧嘩の最中だ。

 *

 彼らが下に見えなくなって、俺の荒くなった息が少しずつ静まってきた時、巨大な影が頭上に音もなく滑空してきた。
 途方もない大きさの飛行船だった。
 あまりに大きかったので、船の形が分かったのは一瞬のことで、瞬く間に大陸のような大きさで視界を覆った。俺は目隠しされたような暗闇に包まれた。
 恍惚とした気分が俺の五臓六腑を駆け巡る。
 本当だったんだ、天国が船の形をしてるってのは!
 偽天使部隊の、船の紋章の由来もそういう言い伝えから来ていた。五百年前に熾天使が降臨した時に、明かしてくれたことらしい。
 それじゃ、いよいよ天国に入れるぞ!
 目が慣れてくると、黒の中に少し諧調の違う黒の輪郭が浮き上がってきた。
 横倒しの形だが、門だと彼は直感した。
 暗くてよく見えないが、何か生き物や植物が刻み込まれているようだ。
 門をくぐり、何も見えない暗闇の中をしばらく上昇していると、やがて頭上にぼんやりと白く光る巨大な輪が出現した。
 本物の天使の輪のように、ドーナツ状の光として浮かんでいる。
 戴冠するようにその光をくぐると霧の層に突入し、突っ切ると草のかぐわしい匂いが鼻孔を満たす……なんてことは、しかし、なかった。

 *

 両足が久しぶりで地面に触れて、風船から空気が抜けるように緊張が緩んでいく。
 が、なんだか辺りは薄暗くて、空気が淀んでいる。
 地面を這う霧の合間に、割れた酒瓶が転がっているのが見えた。
 ‥‥ここは本当に天国なのか?
 一体どうなってんだ。
 ほっとしたのもつかの間、困惑して周囲を眺めようとした。
 しかし、辺りは灰色の霧に閉ざされていて見通しがきかない。進んでみればわかるか……。
 一歩踏み出すと、けたたましい音がして上から柵が落ちてきた。気付くと、鉄格子の中に四方を閉じ込められている。
「へあっ!?」
 裏返った甲高い男の叫び声がした。俺が叫んだわけじゃない。
 しばらくシーンとしたかと思うと、コツコツと靴音がして、霧の向こうから神経質そうに、ナメクジのようにぬめっとした目が俺を観察していた。
 ヘルメットをかぶった男。無精ひげ。くぼんだ眼窩の下からこちらを窺うスモーキーグリーンの目。怯えたような様子だ。警官のような制服を着ている。
「おい、ちょっと」
 男は慌てた声で後ろに呼びかけた。
「おお?」
 低い声の応答。
「誰かいるんだって」
「誰かって」
「お前、今檻が落ちてきた音聞こえなかったのかよ」明らかにイライラした声だ。
「かかったのか」
 もごもごとした声の持ち主が、霧の中から太った体を見せた。
 眠そうなまぶたの垂れ膜。ゆっくりとしたペースの息で大量の空気を出し入れしているようで、俺の鼻先にぬるい流れがまとわりついてくる。
 ふん、とそいつは鼻をならした。
「ひさし、ぶりだな、おのぼりさんがかかるなんて」
「武器を捨てろ」
 細い方の見張りが冷たい声で俺に命じた。
 俺はそれに従って短剣を地面に落とした。
 二人は檻を上げると、左右から引き立てるようにして俺を引きずっていった。
「俺は怪しい者じゃない」
「だろうな」
「だが、これが私らの役目なんだ、悪く思うな」
「ここは天国?」
「あ、ああ」
「なんでこんなに薄暗いんだ、これじゃあ地上と……」
 変わらないし、ある意味で地上よりみすぼらしい。
 四角く、窓の小さな煤けた建物が、灰色の石畳の横にずっと並んでいる。
 辺りにはすえた匂いが立ち込めていた。
「はん、ここは天国でも最下層だからな、使用人の区域はこんなもんだ」
「そういえば、下にいた狼の群れはなんなんだ。門番とか言ってたけど、本当かよ」
「ああ、門番というか雇われ掃除人だよ」
 太った方の男が、面倒くさそうに答える。
「ここに近づいてきた有象無象を食べてもらう。地上から来た者をぜんぶ受け入れてたらここがパンクしちまう」 
 適当過ぎないか。
「あの、ここって本当に天国……なんだよな」
 疑わしさを抑えきれなくなってきた。

 しかし、灰色の区域を抜けたところに見えた宮殿はとても美しかった。どうやら地獄に迷い込んだわけじゃなさそうだ。
 まどろむようなブルーグレーで統一された円錐、玉ねぎ、角錐、色んな形の尖塔が横たわっている。夢の中に出てくる巨大な草食獣って感じか。全貌は見えない。いい感じだ……。
 ……と思ったら、それは単なる垂れ幕だった。二次元の大きな絵が風にぺらぺらと揺れている。
「ああ、これはイメージボード」
「設計通りにはいかないもんだな」
 腰を抜かしそうになっている俺に、二人が鼻声で呟く。

 垂れ幕の裏には、「市役所」があった。
 市役所かはわからない。が、四角いコンクリートの建物、経年劣化であちこちがくすんでいる。四角い窓が規則正しく並んでる。そして、四角い玄関。
 俺の知ってるものとしては、市役所が一番近い。
 あのイメージボードからどう手抜き工事したら、こんな仕上がりになるんだろう……。

 入り口をくぐると小さな詰所のような部屋で聞き取りがあった。眼鏡の老人が淡々と彼の言うことを紙に記録する。
 地味なワイシャツにスーツのズボン、首からプラスチックケースに名札を下げていて、まさに市役所職員という感じ。やれやれ。
 ともあれ、ザキルが死んでしまったこと、それには彼と口論していた自分の責任があるかもしれないこと、サフィアのこと、彼女のためにもザキルをよみがえらせたいことを話す。
 老人は顔色一つ変えず、そのすべてをサラサラと文字に記録していく。
「はい、結構。連れていってくれ」
 俺は自分の思考内容がペンの音と一体化して、妙に空っぽになってしまったような気がした。

 *

 天上の高い回廊の壁はくすんだ赤で、縦方向に時折ブルーグレーのストライプ青が入る。華やかだが、全体に色褪せたようなトーンが落ち着いた印象。内装だけは一応綺麗だ。
「どこまで行くんだ」
「地上からたどり着いた者のための特別な宿坊まで」
 俺の心がにんまりと弾む。
 やはり、神の国まで飛翔してくるというのは凄いことだったんだ。きっと豪華な部屋が用意されているに違いない。
 わくわく部屋の様子を空想していたが、唐突に門番の二人は左の道へ折れた。
 宮殿からはどんどん遠ざかってしまう。
 十五分ほど歩いてたどり着いたのは、何もない、平らな砂地だった。海のないビーチといった趣きだ。
 人間たちが、まばらに寝転がったり、連れ立って歩いたりしている。老若男女だが、子どもはいなかった。
「ここだ。それじゃあ、好きに過ごしてくれ」
 これが宿坊? 何もないじゃないか、と茫然としていると「薪はある。じゃあ」と言って門番はずんずん去ってしまった。

 *

 彼は途方に暮れて肩を落とし、砂の上に座り込んだ。
 急に飛翔と戦闘の疲れがどっとのしかかり、眠気が押し寄せてきた。
「いよう、新入り、ガムでも食べるか」
顔を上げると、長い裾をなびかせた黒服の男が近づいてくるところだった。  
 頬骨が高くて細い目は三日月のように笑みを湛えている。神父のように見えた。
 ガムを口に入れると、強烈に辛いミント味で、目の前が真っ白になる。
「なあ、ここは天国か?」
「まあ、その入口といったところかな。ここは、下から上ってきた者たちが泊まるキャンピングサイトだよ」
「こいつら、みんな下から上ってきたのか」
 なぜか俺の声には落胆がにじんでしまった。
「がっかりした?」
 男はカラカラ笑う。
「ここまでたどり着いたのは自分だけだろうとでも思っていたんだろ。まあ、みんなそう思っちゃうよねえ~」

 夜になると、砂浜中に焚火が起こり、それぞれの周りを五、六人のグループが囲んだ。
 俺のいるグループにはアクション映画のヒーローみたいな筋肉隆々の大男、妖精のような儚い雰囲気の女性、つなぎを着た若い兄弟、ガムをくれた髯の神父、それにあまり喋らない浅黒い肌の女性がいた。
 下から上ってきたばかりの俺がいることで、自然とそれぞれ経験を語り始めた。
 ガタイのいい大男は、ヘリコプターのプロペラを背中に装着して上がってきたという。
 つなぎを着た兄弟は、羽根の間に大砲の筒を背負って、順番にもう一人を打ち上げては追いつき、というのを繰り返してきたらしい。
 妖精のような女性は科学者。偽天使の翼をさらに遺伝子改変して、ウスバカゲロウのようなレースみたいな羽根を二十枚ほど生やして、気流を上昇してきた。
 みんな事情があるのか、上がってきた方法は話しても、なぜ上ってきたのかは語らない。
 狼団と戦ったやつもいたし、出くわさなかったというやつもいた。きっとさぼっている時もあるんだろう。
 黒い神父服の男だけは、なぜ上ってきたのか語った。彼はとある新興宗教の司祭で、神は天ではなく地上にいると教えている。だから、いくら空を上ろうとも神などいないことを証明すべく上ってきたのだという。
「でもこうして、天国の門までたどり着いちゃったというわけだ。やれやれ」
 一同から笑い声が上がった。それがおさまるのを待って、俺は言った。 
「俺は……神に会いに来たんだ。頼みたいことがあって」
 途端に、またもやどっと笑い声が湧き起こる。
「知らなかったか、この天国船には七階層あってな、ここは一階に過ぎないんだよ」
 黒司祭が、いつの間にか一面に星が散らばった空を指差して言う。
「見てみろ」
 目を凝らすと、遥か上空に一群の銀色の蝋燭のようにチカチカ瞬いているものがあった。
「天国の第二層だ」
「そこまでたどり着けても、さらにその上、さらにその上、さらにその上、その上があるのよ」
 妖精のような女もたしなめるように補足する。
「僕ら普通の人間、つまり、羽根を生やしてはいても、単に遺伝子技術で生やした人間には、せいぜいこの第一層目までが限界なんだな」
「この第一層目はなんなんだ」
「神の意志を実現するための巨大官僚機構よ」
「そんな会社みたいな感じなのか」
「幻滅した? その気持ちは分かる」
「……神はじゃあ、七層目にいるのか」と彼が聞くと「たぶんな」と大男が肩をすくめる。
「俺は必ず会いに行く」
 みんな、くすくすとか、はは、とか笑い声を上げた。喋らずにじっと話を聞いていた浅黒い肌の女だけは黙っている。
「第二層は雲の国。三層は星の国だ。それから四層以上は、ここからは肉眼で見えもしないし、噂に聞くしかない。想像の絶する世界だよ」
「ミクロレベルに小さな氷の粒や金属の粒が、電子の声で囁きあっているとか。意志ある光が揺らめいているとか、色々だ。それから、神にしても顔だけで幅が何百キロもあって、言葉をかわすには人とのサイズがあまりにも違い過ぎるとかね」
「その噂はどこから来たんだ? 噂があるってことは、そこにたどり着けた誰かがいたってことだろ」
「第二層から時々降臨する本物の天使がいるんだ、彼らが教えてくれた」
「ご存じの通り、彼らは我々とはまるで組成が違う存在だよ」

 夜も更けてきて、みんな焚火の周りに積まれた藁の山に潜り込んでそのまま眠った。藁の山は意外と草のいい匂いがしたが、たまに甲虫か何かが這いまわって手足がこそばゆい。
 天国なのに、こんな寝床なんて。
 本物の天使と俺たちみたいな偽天使……一体何が違うんだろう。
 生まれた時から全然別物なのか。
 本物の天使になることはできないんだろうか。
 そんなことを考えているうちに、俺の意識は途切れた。

――第三話へ続く――


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?