僕の愛したエクス・マキナ
わがは……いや、これは流石に無いな、無いというか駄目だろう、色々と。
僕は猫だ、名前は勿論ある。
"フィン"というのが僕の名前らしい。
僕と共に住んでいる少女から貰った名前だ。
この家には僕とその少女、そして少女の両親の4人で暮らしている。
僕がここに来たのは生まれて間もない頃、ちょうど6年ほど前のことだ。
少女がまだ幼女と言って差し支えない年齢だった。
僕はすっかり大人になったが、少女は未だ少女のままである、不思議なことだ。
しかも彼女は棚の上に飛び乗ることも出来ないし、夜の散歩も出来やしない、
それどころかもう3年もベッドというふかふかから降りても来ないのだ。
少女の体にはたくさんの紐が繋げられている。
これのせいで出られないのだと僕は思っているので、一度外すのを手伝ってやろうとしたら両親にこっぴどく叱られた、何故少女を虐めるのだ。
少女はある日突然こうなってしまった、出来るのはお喋りと、辛うじて動かせる両の手で僕を撫でることくらいだ。
「フィン?」
少女が部屋で呼んでいる
「なーお」
返事をしてベッドに飛乗る、
少女の細く白い腕が僕を抱き寄せる。
こんなに頼りないのに、とても暖かい。
「今日はね、楽しい夢を見たのよ、あなたと一緒に夜の散歩をしていたの」
「なー?」
そんなもの、早く立ち上がって現実にしてしまえばいいじゃないか。
僕が何処へだって案内する、仲間だって紹介しよう、あ、でも君には寒いだろうから、コートってやつを忘れるなよ?
「あら、もう冬だったのね」
窓の外を見て少女が呟く。
雪が降り始めていた。
カチカチカチカチ………
少女が黙るとベッドの横に置いてある大きな箱からする音だけが部屋を支配する。
僕はこいつが好きじゃない、夜よりも、雪よりも、ずーっと冷たい音だ。
「ふぅうう」
「それが嫌いなの?ふふ、ごめんね、私はそれが無いと死んじゃうの」
「なーお??」
なんと、こいつはいいやつだったのか?
「これがね、私の心臓を動かしているの。
このカチカチって音は、私の心臓の音でもあるのよ」
「なあ…」
そうだったのか…冷たい音だなんて、失礼だった…
「気にしないでいいのよ、私も本当はこんなもの好きじゃない。
自分の力だけで生きていたいもの」
とても悲しそうな顔をする。
僕までつられて悲しくなる。
どうにかならないか、いや、どうにもできるわけが無い、所詮僕は猫なのだから。
「この前読んだ本にね、『エクス・マキナ』って言葉があったの。
『機械仕掛け』って意味らしいわ、まるで私の事ね」
エクス・マキナ、機械仕掛け。
でも君は生きている、ちゃんと生きてそこにいる。
「なー!」
そんな冷たいもののような呼び方をするな、
君はこんなにも暖かいのに、
君はこんなにも、優しいのに、
「なー…」
君はこんなにも愛おしいのに。
「きっと、あなたが私の最後のお友達。
もう新しい誰かに出会うことなんてきっと無いわ。
だから、お願い、私の事忘れないでね」
当たり前だ、忘れるわけが無いだろう。
それに友達だってこれからたくさんできるさ、
まだまだ君は少女じゃないか。
まあでも僕が一番の友達だ、それは誰にも譲れないな。
「なっ!」
だから早くそこから降りてこい!
まずは散歩からだからな!
3年後。
あの憎たらしい紐は彼女の体から外れ、
冷たい音を垂れ流す箱も何処へやら。
彼女はようやくふかふかから降りて、
真っ黒の箱に入っていった。
結局、散歩をすることは叶わなかった。
真っ黒の人間達が入れ代わり立ち代わり彼女の顔を見に来る。
3年間で少しだけおとなびた顔になった彼女は、いつにも増して真っ白な肌をしていた。
両親はずっと泣いている、
何故泣いているのだ、何故なんだ、
ほら、早くあの箱を持ってこよう、
彼女の心臓を動かしてあげないと。
「なー」
両親に訴えるも、ただ泣くばかり。
ただ「ごめんね、ごめんね」と繰り返すばかりだ。
ああ、そうか、そうなのか、
君は、死んでしまったのか。
死ぬというものが、どういう事なのかはよく分からない。
彼女はここにいるし、冷たくはなってしまったけれど、いつも通りの優しい顔だ。
でもそうか、きっと、君はもう動くことは無いのだな。
撫でてくれることも、夢の話をすることも、
街を共に駆けることも無いのだな。
彼女は深い深い穴の中に埋められてしまった。
また狭い所に閉じ込められるなんて、人間達はなんて酷いことをするんだ。
暫くして、人間達が居なくなり始めた、
1人、また1人と去っていく。
そして最後に残った両親も、僕を車に乗せて帰ろうとした。
「なー!!」
嫌だ!!
「フィン!」
僕だけは、僕だけは、
彼女を1人にしてはいけない。
彼女を忘れてはいけない。
僕は一番の友達だ、僕は最後の友達だ。
走り出した車の窓から飛び出し、全身を強打する。
痛い、とても痛い、こんな痛いのは初めてだ。
それでも行かなくてはならない、
全身の力を振り絞り、彼女の元へ走る。
視界が歪む、脚が動かなくなってきた。
でも、僕は、行かなくては、ならない。
「なー」
やあ、僕の友達。
いやいや、本当は帰るつもりだったんだ。
でもさ、ほら、猫って忘れっぽいから。
君のそばに居ないと、君を忘れちゃうかもしれないだろ?
だから、一緒にいてやるよ、
僕だけは、君を覚えててあげる。
「フィン!大丈夫かフィン!」
引き返してきた父親の声が聞こえる、その声も段々と遠ざかっていく。
彼女の名前が刻まれた、冷たい石の感触だけがまだある。
僕もどうやら死ぬらしい、死んだら君と共に居られるのだろうか。
分からないけど、もし叶うなら待っていて、
僕の愛したエクス・マキナ(機械仕掛け)。
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