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急に先生に抱きしめられた話

ある日、学校で担任の先生にいきなり抱きしめられた。

小学校4年生のころだったかな。
クラスの仲は良くて、私もその輪の中に入れてもらえていて、毎日学校が楽しかった。
放課後は用もないのに学校に残るのは駄目だったから、授業が終わったらまっすぐ家に帰りランドセルを置いてすぐに走って学校に戻った。帰宅時間を知らせる17時の鐘が鳴るまで、校庭でクラスメートと夢中になってドッヂボールをした。

学校が楽しかった一方で、家にいる時間はずっと苦痛だった。私の父と母は物心ついたときから仲が悪く、世間話さえまともにできない、していないような関係だ。

両親が喧嘩した日は家の空気はずっと最悪で、重くて、息が苦しかった。ご飯も味がしないから急いで飲み込んだ。
どちらが謝ったり釈明したりすることも無く、喧嘩は数日経てばいつの間にか終わったふうになった。

両親がよく喧嘩していたことには全然慣れなくて、私は毎回心に大ダメージを負っていた。
喧嘩が日曜だと最悪だ。だって、この気分のまま次の日には学校に行かなきゃいけない。学校で友達とふざけたり、ドッチボールをするのは楽しいけど、傷ついた部分を隠したまま、誰にも分かってもらえないでいるのが本当に孤独だった。
孤独だったけど、自分の恥ずかしい家のことを誰かに話すなんてできなかった。一緒にいるのが楽しい友達や、いつも明るい私を褒めてくれる先生には、こんな重たいこと話したくない。友達は長期休みのたびに旅行のお土産をくれて、おうちも綺麗な一戸建てで、家族みんな仲良くて、自分の家とは大違いだし恥ずかしい。わたしに期待してくれている先生にも、こんな恥ずかしい家のことを話してがっかりされたらやだな。
学校に行って友達に会うことが何より楽しかったし、今思うと小4当時の一番の生きがいだったから、学校に行かない選択肢は無く、インフルエンザ以外で休んだことは無かった。



小学校4年生のときの担任の先生は、一言で表すなら「快活」って感じ。30代の女性の先生で、よくギャグを言う人だった。生徒の気持ちを盛り上げることが得意で、学校行事などではクラスみんなをやる気にさせていた。毎週末、自分の好きなものを調べてノート1ページにまとめるという宿題に、「このまま教室に掲示したいくらい素敵!」とか褒めてくれる先生だ。

ある日、担任の先生に名前を呼ばれて、何か話しかけられると思って近づいたら、
抱きしめられていた。
何が起きたか分からず、私は数秒の間フリーズしていた。それで肩にかけていた水筒の紐が下がって床に落ちた。その音でまたびっくりして、先生も驚いたのか私から体を離した。

なんか暗い顔してるけど大丈夫?ごめんね、と言われて私は頷いた。そこで会話は終わって、よく分からないまま、先生が触れた感覚だけが残っていた。

抱きしめられたことは嫌ではなかったけどびっくりした。なんでだろうといろいろ一人で考えて、もしかしたら、心配されたのは家にいるときの顔を学校でしてしまったからかもしれないと思った。昨日も両親がけんかしていて、心がやられたまま学校に行ったから。

その後、先生の私への態度は普通だった。私の悩みを詮索してくるようなことも無く、いつも楽しい先生だった。抱きしめられたことはずっと気になっていたけど、なんとなくその話は聞いちゃいけないようで、聞けなかった。
結局、その先生には家のことを話すことはなかった。

あとは、あのときはびっくりして感じられなかったけど、あとから思い出すと、あったかかった。

誰かに抱きしめられたのは久しぶりだった。



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