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家族から嫌われた祖父の写真が好きでした

私の祖父は家族みんなに嫌われていた。我儘であった。後に知ったけど、祖父はいわゆる亭主関白だった。そのせいで祖母は家を出た。そんな祖父の家に私は頻繁に通った。別に同情のためじゃない。私は祖父の写真が好きだったのだ__

祖父は定年退職してからカメラを始めた。色んなところに飛び回り、朝早くから出る日があればまだ朝日の上らない時間に祖母を起こし、朝ごはんを作らせた。祖母が遅くまで友達と出かければ、俺のご飯はどうするんだと怒ったらしい。私の家族はそんな祖父が嫌いだった。私も祖父の肩をもつつもりはないが、やっぱり祖父の撮る写真が好きだったから祖父の家に通いつめた。

そして祖父はよく煙草を吸う。亭主関白のような人だから、もちろん私の前で吸う。時々、祖父の家に行ってカメラのフォルダを漁る。写真に囲まれた祖父の部屋で写真を見る。その間、私は世界を旅しているように思える。それに浸る間、祖父は煙草を吸うのだ。能動喫煙よりも受動喫煙の方が害があること、きっと祖父は知らない。煙草は一本吸うごとに五分寿命が短くなるらしい。受動喫煙の方が害あるらしいから多分、今私の寿命はもうちょっと短くなっている。でもこんなにも世界旅行をしながら寿命を削るとか、なんと素晴らしい寿命の削り方だろうか。

祖父のその澄んだ目で何を見た。祖父の補聴器をしたその耳で何を聞いた。祖父のしわしわの手で何に触れた。がに股で歩く祖父のその足で何処を歩いた。刻々と終わりへと近づく祖父のその心で何を感じた。80年分をものの数時間で読み取ろうなんて不可能である。でも、読み取ろうとするのが楽しくて、何故か涙が少し出る。私は、祖父の撮る写真が好きだ。でもその前に、私は祖父のことが好きだったみたいだ___

この前、祖父が自宅から転居した老人ホームに行った。祖父の部屋を開けたら、それは白い部屋だった。部屋いっぱいに埋まっていた写真も、いつも祖父のそばにあった煙草も、何もなくなっていた。祖父の部屋とは言えないような部屋で。ちょっと足を止めてしまった。
「今まで撮った写真のデータ全部やる」と言って、20年分の写真が詰まったデータをもらった。大きく重い機械の中に入れてるみたいで、それが二台あった。持ち帰るのが大変だったけど、父の4分の1の人生を持っているのかと思ったら、こんなもんだなと納得した。
「介護士に煙草吸っちゃいけませんって言われるからさ、たまーに目を盗んで吸ってんのさ。」って祖父は言う。その言葉にちょっと安心した自分がいた。真似はしたくないけど、亭主関白あってこその祖父だから、祖父らしくない祖父の奥に、まだ祖父らしさが残ってて嬉しかったのだ__

人は段々と老い、シミひとつない肌も真っ黒い髪も、筋力も衰えていく。でも、目の色だけは変わらず澄んでいる。祖父の目は80年間、ずっと変わらず綺麗な茶色である。私はその綺麗な目で見た景色を見たくて、祖父が一番最初に写真を撮った場所に行くことにした。そこに行くために乗った新幹線の中の空は、ずっとずっと青く澄んでいた。祖父が撮った写真も青く澄んでいた。私はその空の下で電車に揺られ眠った。二十年前の祖父も同じ席で眠ったのかなと思いながら。

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