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望むらくは貴女の手を§2

要件を聞き出して落ち合った桜橋通り。
何やらもじもじした様子の木村に「よう」と声をかけてみた。
「ああ、来たか」
「随分に不愛想だな」
「まあ、いい、喫茶にでも行こう」

落ち着いた雰囲気の店内に顔の立つ店員。タバコを口元にして、ここは禁煙なのだろうか、と少し懸念する。
「それで、な」話始める木村。
重々しい雰囲気に息がつまりそうになる。ライターに手をかける。この緊張をどうにか放り出したい。
「お客様、お煙草は……」
「あ、そうですか、失礼」
逃げ道を失った。いや逃げてばかりでは敵わない。少し居直った。

木村と初めて顔を突き合わせたのはもう十年以上前になる。私が「死にたい」と中学時分のあどけないどうしようもなさが、苦しめたのだ。
「それなら、そこの側溝に首突っ込んで溺死しな」なんの忖度もなく彼は言った。
「それは、困るな」承服できなかった。
結局彼にはうまく窘められた。「それくらいの気持ちなんだよ」と。
それからは彼の言葉を注意深く観察して、気に入られようとした。幼少に学んだ処世だった。

「死のうと思うんだ」
彼のぶっきらぼうな言葉に息を飲んだ。
数秒の間何も会話はなかった。ただ漠然とした空気が、流れていかずに停滞した。
「って、どういうことだ?」
「いや、だから死ぬのさ」
「だから、意味が解らないんだ」
「意味なんて」一呼吸おいて「いくらでもあるようで、ないのさ」
啞然だった。まさか木村のような、命の恩人などとは大げさだが、しかし一度は救われた身としては納得がいかなかった。
「だから、意味がないなら、死なないでくれよ」
「いいんだよ、もう」
彼は諦めの感情すら露わにしなかった。死相であったのだろう。

それから五年が過ぎ、生前の好みであったタバコを手向け、その日は帰った。
恩人に、何か一つでもしてやりたいと、贖罪の気持ちであったが、それはもっと、生きている間にやるべきことだったのだろう。やりきれなかった。何一つ、返してやれなかった。

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