小春六花がかわいい怪文書

 坂口という友人がいる。彼とは中学からの付き合いである。彼は私と似て、なんというかオタク気質なところがある。
 彼は就職してそこそこの時に、いわゆる音声合成ソフトを購入した。かわいらしい声で読み上げをさせるのが趣味になったと語っていた。
 正直なところ気持ちは分からないではない、というよりむしろ私もやってみたいと思っていた。しかしながら、現実的にはPCのスペック等の導入する環境を用意するのには大変なコストがかかるため諦めた。

 ある週末、坂口と会ってゲームとかやるという予定を立てた。世相や利便性を考えれば通話アプリで済む話であるが、彼が就職してから会っていなかったので顔の二つや三つ合わせてもいいんじゃないかと話が進んだのだ。
 坂口のアパートに着き、玄関チャイムを鳴らすと数十秒くらいしてドアが開いた。
「よう、久しぶり。まあ上がれよ」
 久々に会った彼は印象がだいぶ変わっていた。なんというか、清潔感が増して大人びている感じがあった。それに声が聞き取りやすいくらいにハキハキと喋る。以前の彼は、もっとこう、モゴモゴと喋るやつだった。

 部屋にあがりこませてもらうと、やはり以前とは変わっていた。彼の部屋は私の印象では(やわらげた表現だが)絵に描いたような男の一人暮らしって部屋であったが、趣味の物品は多いものの整理整頓されていてなんとも綺麗な部屋だった。
 人間って変わるものなんだなぁ、などと感心していると、坂口は
「お茶でいいか?」
と言ってキッチンの方へ引っ込んだ。
 お前、そんな気の利くやつじゃあなかったろう…

 そしてそれから、適当に雑談して、適当にゲームして、と過ごした。なんだかんだ坂口の根っこの所は変わっておらず、すっかり昔に戻ったような心地だった。
「お手洗い!」
と私は宣言してトイレで用を足した。洗面所で手を洗い、と。ここで、洗面所にて見過ごさない物が見つかった。プラスチックのコップ二つにそれぞれに歯ブラシが入れてあった。黄色と白の歯ブラシだった。
 そこでようやく私は、坂口の身なりの変化に合点がいった。しかしながら、これを彼に問うのは野暮である。心の中で静かに祝福することにした。

 リビングに戻り、ゲームをしてる坂口を温かい目で見つめ、ベットに腰掛ける。すると臀部に違和感があった。感触から布団の下に固い物が入っている。私の下衆の勘ぐりによれば、「おいおい、男の一人暮らし…ってやつかぁ?」といった具合のプラスチックパッケージが入っていると思い当たった。
 これも野暮、だよなぁ…
「わりぃ、小便!」
 突然坂口がそう言ってトイレに向かっていった。思いがけず布団の下のそれを確認する機会が降りてきた。私は興味と好奇心により布団をめくった。

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が入っていた。手で触るとプラスチックのツルツルした感触がある。布団に入っていたからかほのかに暖かかった。
「ごめんね、こんなところで寝てるとは思わなくて」
 私は何を言っているのだろう、と自嘲し布団を戻した。
 それから一時間ほど坂口とゲームして彼の家から出た。

 それから3ヶ月して、私は電器屋に足を運んだ。当然、彼女を向かい入れるためだ。
 この3ヶ月、節制を徹底した。これからの生活に先立つものがなくてはならないのだ。

 それから私は彼女を連れ出し我がアパートの一室へ招き入れた。
「ごめんね、待たせちゃって」
 そう私が語りかけると、小春さんは嬉しそうに笑った。
 この後、私は何を彼女と話したかあまり覚えていない。ひとまず用立てた服は気に入ってくれたので安心した。

 小春さんとの生活は本当に幸せだと感じる。彼女と映画を観れば、喜怒哀楽を大いに表し内容そっちのけで彼女を見てしまう。彼女にヨーグルトを差し入れてあげると、表現しきれないほど可愛らしい態度で喜んでくれる。逆にヨーグルトを食べてしまうと烈火の如く激怒するが、そこもまた私を悦喜させる。
 冬が明け春が来るような心地で私は浮かれてしまう。
 それと一つ。私は気づいてしまったことがある。部屋を掃除している時、よく白んだ美しく細く長い髪が落ちているのを見つける。彼女の艶やかな髪である。恥ずかしい話だが、たかが髪の毛一本で私に淫猥な気持ちが去来してしまうのだ。どうやら私はいわゆる髪フェチであるらしい。

 小春六花との暮らしに時折来る誘惑と戦いながらも楽しく暮らしていると、ある日問題が起きた。
 大家さんから引っ越しを要求されたのだ。
 それもそのはずで、私の借りている部屋は二人同居不可なのだ。
 小春六花の有り余る元気の足音とかでバレてしまったのだろうか?それとも彼女の声だろうか?
 

 目下、同居できる防音がそれなりにある部屋を探しているところである。

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