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華氏451度

 本がなくなった世界。本を読むことも所持することも禁止されている世界。そんな世界が描かれているのがレイ・ブラッドベリ著「華氏451度」だ。この世界では消防士ではなく昇火士が活躍し、あらゆる本を焼き尽くす。華氏451度は紙の燃焼点だ。

 読んでいるうちに、なんともいえない気持ちになった。なぜなら、そこに書かれているのは学生時代の私のことではないか。本なんて読んでなかった。買うのはファッション雑誌。テレビで見るのはトレンディドラマ。今この時を楽しく過ごしたい、おしゃれに過ごしたい、ただそれだけだ。何かを深く考えることはなかった。
 でもそんなに遊んでばかりの学生時代だったのかというと、実はそうでもなく勉強は大変で、憶えないといけないことは山のようにあった。教科書や参考書、問題集で本棚は埋められた。とりあえず、資格試験に合格できる最低限の知識を要領よく頭に詰めこまないといけない日々をすごした。

 国民には記憶力コンテストでもあてがっておけばいい。ポップスの歌詞だの、州都の名前だの、アイオワの去年のトウモロコシ収穫量だのをどれだけ憶えているか、競わせておけばいいんだ。不燃性のデータをめいっぱい詰めこんでやれ、もう満腹だと感じるまで事実をぎっしり詰めこんでやれ。ただし国民が、自分はなんと輝かしい情報収集能力を持っていることか、と感じるような事実を詰めこむんだ。そうしておけば、みんな、自分の頭で考えているような気になる。
レイ・ブラッドベリ著「華氏451度」ハヤカワ文庫

 まさしくそんな状況だった。自分の頭で考えているような気になってた。いや、たしかに考えてた。この条件と、この条件が組み合わさると、起こり得ることはこれだという風に。
 でも、人間の本質は条件の積みあげだけでは語ることができない。いずれ、答えのない問いを投げかけられる。その時、わたしを導き助けてくれるのはマニュアルではなく、直接の答えは書かれていないけれども物事の本質が秘められている本だとようやく気づいたのは、大学卒業から随分と経ってからだった。この本が刊行されたのは1953年だというのに気づくの遅すぎね、わたし。

 さあ、今年もできるだけ本を読もうと思う。



 


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