私のザネリ<6>

 ずっと読んでくださったみなさまの中には、こう考えられたかたもいらっしゃるかもしれません。
 「Bさんにこれほどのことをさせるぐらい憎悪をかきたてたのだ。まわり子たちも誰ひとり味方にならないし、かえって便乗するほどだし、むしろ仲言のほうに非が、原因があったのではないか?」
 当然です。
 私自身もそう考えずにいられなかったのだから。
 正直なところ、私ほどそのことについて長く深く考えた人間はこの世にいない、と言っても過言ではありません。
 「どうしてこんなに目にあわなきゃならない?私はBさんに同級生にひどいことをしてしまっていたのか?
 しかもそれに気づかないほど鈍感なのか?
 …だとしたら、私の心はもともと欠けてるのだろうか?
 …悪いことをしてなかったとしたら、どうして?
 私の容貌やしぐさが、それほど人に不快や嫌悪をもよおすほどの印象を与えてしまうのだろうか?ヘビやクモやガマガエルみたいに(落ち込む)…。
 (なんとか浮上)…それにしても、もう少しうまく立ち回れなかったのか?Bさんの取り巻きになるのは絶対に無理だけど、よくいる『あまり関心が払われない子』程度になれなかったのか?いや。以前の「たまにからかわれる子」だってかまわない。どうしてこんなことになった?…やっぱり私がいけないのか?…(はじめに戻る)」
 グルグルグルグル…堂々めぐり。現在でもこの渦に巻き込まれそうになるほどです。
 もしも、『罰』だというのなら、これほどの苦しみに価する『罪』が実在しないと…相応の理由や意味など…他ならぬ私が納得できなかったのです。

 極めつけはこの言葉です。
 「ほかの誰もそんな目にあってないやろが。あんただけや。そやからあんたが悪いんや」
 『私のザネリ<5>』でパワーワードについて述べました。これもそうだと言えます。前回のは『暴言』ならば、これは『課題』にカテゴライズされるでしょう。私がずっと、この生涯にわたって思考せずにいられなかった問題なのです。私という存在、身近な人たち、会うこともない遠くの人々について…。この言葉は正しいのか?間違ってるのか?どう正しいのか?どう間違ってるのか?
 …不思議なことに、誰に言われたのかまったく思い出せないのですよ。
 Bさんなのか、取り巻きなのか、あまりかかわりのない子だったか…。もしかして先生か、まさか親か…。
 
 こんなふうに、いじめはいじめられっ子の内面に影響を及ぼし続けます。膨大な時間を費やして。心の中で雨も風も波もやむことがないのです。そのことをいじめっ子はどう思うのでしょうね?「凶悪なモンスターには当然の報いだ」とおもしろがるか?それとも「知ったこっちゃない」か?

 5年生になってBさんとは別のクラスになりました。教室が別になっただけでも、子どもにとっては世界が変ったと言ってもいいでしょう。
 女王の威光は隣の国までは及びませんでした。それでもモンスターは身を縮こめて怯え続けました。
 すると、いくつかの噂が流れてきました。
 <1>Bさんがダレソレさんに「わたしより速く走ったらあかんで」と言った、らしい。(50m走の計測か運動会かは不明)
 <2>Bさんがナントカさんに「わたしよりテストでええ点とったらあかんで」と言った、らしい。(小テストなのか一時限かけるテストかは不明)
 <3>Bさんがカレソレ君の肩を彫刻刀で刺した、らしい。(5種類ほどあるどの刀なのかは不明)
 どれも母から聞いたものです。何人のもお母さんを経由してきたはずなので、どのくらい事実に則してるのか、定かではありません。でも…。
 「…わはは。Bさん、めっさトバしとんなあ。『女王陛下ご乱心!』ってか…』と現在では軽口も叩けますが、当時の私はただ不思議でした。
 Bさんが私以外の子にひどいことをするのが。

 しかも、やりすぎだ。常軌を逸している。という感が否めません。私でさえ、ここまでことはされたことがないのです。
 ①から⑤までの、ありふれた英雄譚のRPGのような世界を構成する要素を憶えておいででしょうか。何をどうしても誰かを傷つけたいがための、いじめっ子の稚拙な方便なのですが。その①から⑤までのすべてが破綻してしまっています。ぶっ飛んだと言ってもかまわないでしょう。
 Bさんがあきらかに悪いからです。
 Bさんはいかなる時も正しくなければなりません。でないと、モンスターを攻撃するため不可欠な『理由・正義・モンスターのおかした過ち・Bさんの保身・志をおなじくする仲間』などは成り立たなくなるのです。もちろん正邪、善悪の基準はBさんの次第の手前勝手なものですが、勇者としては仲間の女王としての民衆の、賛成もしくは黙認を得なければなりません。
 なのに、そのとりわけ守らなければならない者たちを攻撃していたのです。
 どんなことでもしていいのはモンスター限定だったはずなのに、見境がなくなったようです。権力に飽き足らず増長して暴君になってしまったんでしょうか?

 …かなり時間が経って気づきました。前述した私の『課題』のパワーワードです。
 「ほかの子らがひどい目にあわんで済んでたんは,私がひどい目にあうんを引き受けてたからなんかな?」
 目にするのもいとわしいモンスターが実際にいなくなったら、かえって王国は混乱したようです。
 Bさんにはモンスターが必要だったのでしょう。傷つけたい欲求を満たすためだけじゃなくて、勇者であるため、女王であるため、そのファンタジーの世界を形成するために。
 いじめというのはじつに手っ取り早く楽な方法なのです。王族のご落胤などではない,どこにでもいる子どもでも勇者になれます。旅に出なくとも,深い森も灼熱の砂漠も荒れ狂う海も越えて行かなくていい。学校へ行くだけでいい。剣や魔法の血のにじむような修行もいらない。「あいつが悪い」と言い出すだけでいい。ただツルんでるだけの集団も「敵」がいればなんだか結びつきが強くなった気がのする。そしてモンスターは炎を吐く巨大な竜ではなく、クラスで一番立場の弱い子です。
 簡単に「自分は特別なんだ」といい気分になれます。「どんなこともできる」という万能感が味わえるのです。…その感覚はおそらく、一度手にしたらもう手放したくなくなるのかもしれません。
 この噂でのBさんは焦って切羽詰まってるように私には思えるのです。
 <1>と<2>でBさんは、ひょっとしてこの子たちをモンスターに仕立て上げようとしたのでしょうか?でもうまくいかなかったのでしょう。こんなやり方は無茶です。乱雑過ぎます。
 私の時はあんなに用意周到で策謀を巡らせていたのに…。
 …もしかして、私はモンスター役に向いていたのかもしれません。
 不細工でどんくさくて不器用で、弱虫のくせにむきになって適度に抵抗するし,もともと友だち少ないし、親は「うちの子のせいにしといたら波風が立たん」という謎のお題目を唱えるばかりだし…。こんなことは自慢にもなりませんし、したくもありませんが。
 <3>で、Bさんとカレソレ君との間にどんないきさつがあったのかはわかりません。しかし、これはあくまで想像に過ぎないのですが、Bさんを激昂させたのは、カレソレ君がBさんの勇者として女王としてのアイデンティティ、もしくは王国そのものを否定することを口にしてしまった、という可能性もあるのではないでしょうか?無論、カレソレ君が悪いとは言いません。前回述べた通り、Bさんと女子たちの関係性について、男子はよく知らなかったのです。部外者にとっては理解できなくて当然で…。そもそも、普通では考えられない、おかしい状況なのですから。そう口に出す子はいなかったけれど。

 噂が出回るということは、女王からの「内緒」の厳命が守られなくなってきたのです。王国の隆盛も陰りが見えてきたのでしょう。
 四番目の噂については次回に。
 私にとっては衝撃的なものでした。
 
 
 

 

 

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?