ショートショート 完璧なママ友

「それでね、朝はご飯をやめてパンにしたの。パンにチーズのせて、あと果物好きだから、バナナとかあげて」
左隣にいるミユちゃんママが言う。
「そうそう、うちも。パンの方が楽だよね、でも最近はグラノーラにはまり、おかわりもするから一袋がすぐなくなって」
そのまた左にいるマヒロちゃんママが続ける。「うちの子はふりかけご飯でね、何でご飯かというと…」と、言葉にしようとしたとき
「グラノーラって意外に高いよね、でも、こないだ○○スーパーで見たらさぁ〜」
マヒロちゃんママのグラノーラ話をミユちゃんママが受け取り、話題は最近開店したらしいスーパーの話に。私が住むマンションからは遠く、利用したことはない。

何だろう。度々感じるこの疎外感。この2人といると、特にそうだ。でも娘はミユちゃん、マヒロちゃんが好きみたいだし、今日も一緒に砂場であそんでいる。シャベルで作った山はもうすぐ完成しそうだが、これからが本番。今度は穴を開けて、水を流すのだろう。開ける時に何度も砂は崩れ、その度に手をあて山を固めるのだろう。

「ねぇ、今日はそろそろ帰ろうよ。お母さん夕飯の用意してないの。買い物いきたい」
砂場の柵の中にいる娘に言う。夕飯は昨日の残りのカレーと決めているが、他に言い訳が思いつかない。スーパーにいきたいのは本当だ。娘は「やだ、ミユちゃんとマヒロちゃんとまだ遊びたい、水流したい」と全く聞く耳を持たない。
そのミユちゃんとマヒロちゃんのママたちといるのがね、ママは辛いの、だけどそれは言えず顔に出さず、結局よくわからない2人の会話を聞きながら、目の前の山に、はやく穴が貫通し水が流れることを祈る。

ふとジャングルジムの方をみると、やはり同じ園の母親が2、3人立ち話をしている。滑り台の近くには5人ぐらいが集まり、こちらも子どもそっちのけで話に夢中のようだ。

私が入れそうな輪はない。子どもを持ってからも、こんな悩みに付き合わされるなんて、思ってもなかった。でも、無理に入りたいなんて思わない。ただ一人でいい。一人でいいからママ友が欲しい。

どこかに私に合うママ友はいないだろうか。そのママ友は、私の話をたくさん聞いてくれる。うんうん、わかるよ、大変だよね、私もそうだよって、いつも優しい言葉を返してくれる。そして同じぐらい大事なのは、子ども同士も気が合うこと。やっぱり女の子がいい。うちの娘は私に似ず勝ち気だから、それに動じないぐらい強い子がいい。

そんなとき、エリ子さんに出会った。秋も深まる中、娘のリィちゃんを連れ幼稚園にやってきたのだ。
背が高いエリ子さん。長い黒髪をおろしたまま、更にマスクとなると表情が見えづらい。彼女に話しかける人はいなかった。それが私にはチャンスに思えた。

「うちの子、朝はふりかけご飯でね、何でご飯かというと、パンだとジャムたくさんつけちゃって、虫歯も心配だから」
「うんうん、わかる、そうだよね。朝はご飯にふりかけがいいよね。楽だし、パンより身体に良さそうだしね」
「娘は強く言い過ぎるときがあって。ミユちゃん、マヒロちゃんに怖がられちゃうこともあるの。悪気はないんだけど、それがあのママ達にはいじめてるって見えるみたいで」
「うんうん、悪気はないよね。だって優しい子じゃない。そんな風に思う方がおかしいよ」

私たちは幼稚園のお迎え後、公園で子どもたちを遊ばせる傍らよく話した。幸い、リィちゃんは、うちの子に負けず劣らず主張が出来る子だった。近頃は2人で砂場あそび、それからジャングルジムでおいかけっこが定番だ。そういえば最近、幼稚園帰りに公園に寄る親子が少なくなった。あの2人も見ない。

「もうさあ、家事が大変なとき、ユーチューブ見せてもいいよね。ほんとは見せたくないんだけど」
「うんうん、仕方ないよ。リィもよくユーチューブ見るよ。最近はディズニー・チャンネルも契約したよ、日曜はずーっとみてたよ」
「子ども嫌がるから、歯磨きも中々うまくできなくて。夜だけはちゃんと磨きたいんだけど、それも大変で」
「うんうん、大変だよね、でも毎日夜みがいてるの?すごいね。わたし挫折気味で、全然磨けなくて。それでもリィは虫歯ないみたいだから、磨かなくても大丈夫だよ」

エリ子さんは、私の話を決して否定せず、何でも聞いてくれた。子どものこと、帰りが遅い夫のこと、今まで親しいママ友ができず孤独だったこと。私は安心して話せたし、自分の子育てに、ようやく自信を持つことが出来た。

「そういえば、リィちゃんもディズニープリンセス好きだよね。そしたらさ、次の日曜、ディズニーランドにいかない?随分前に、ミユちゃんマヒロちゃんところもいったみたいなの。園カバンにお揃いのアリエルのキーホルダーつけていて。娘もほしいって泣いて怒って「何で誘ってくれなかったの」ってママ達に聞いて、大変だったんだから。私たちもいこうよ」
夜の電話で、エリ子さんを誘う。
「いいけど。どうせだったら子どもなしで、2人でいくのはどう?」
少し考えたようにエリ子さんが答える。
「子どもを夫に預けていくってこと?でもうちは…」
日曜も家にいない。仕事ではないことは知っている。それにエリ子さんだって同じような状況のはず。
「大丈夫よ。子どもだけで留守番させよ」
「子ども2人で?大丈夫かな」
「だって2人とも4歳でしょ」
「うん、9月で4歳になった」
「ディズニー・チャンネル見せて、水筒に水入れて、菓子パンの袋を開けておいとけば食べるでしょ」
「でも寂しくないかな」
「大丈夫よ。私の家でリィと過ごせば心配ないじゃない」
「そっか、そうだよね」
エリ子さんのいう通りかも。私とエリ子さんのように、娘も友達同士2人だけで過ごすのは、きっと楽しいだろう。
「今なら熱中症の心配もないし」
エリ子さんのいう通りだ。10月も半ばになると、暑い日もないし、まず心配はいらない。「うんうん、そうだよね。大丈夫だよね」「ニュースで見るような親なんて、信じられないよね」
「うんうん、ほんと信じられない」
私が信じているのはエリ子さん、とは気恥ずかしくて言えない。
「ほんと、エリ子さんと出会えて良かった。私、子育てが楽しくなった」
「うんうん、私も」
スマフォの向こう側で、エリ子さんが深く頷いているようだ。

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