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【新鋭短歌シリーズ】生きたことばを掬う短歌たち。生活に「うた」の彩りを。 「うた」のある暮らしのすすめ


那須さやかさん撮影1

2022年5月に「文喫 福岡天神」さんにて、

合同詩歌フェア「ことばを掬う」&「新鋭短歌シリーズ」が開催されていましたが、

若い歌人の第1歌集を扱う「書肆侃侃房」(しょしかんかんぼう)(福岡市)さんは、以前から、その存在感を発揮されていたようで、

新たな詠み手や読者を開拓し、近年の「短歌ブーム」にも影響を与えたとされる「新鋭短歌シリーズ」は、

2023年で10年を迎えていたんですね。

改めて、おめでとうございます(^^)

前述の記事で、代表の田島安江さんは、

「短歌が持つ、人の心を癒やし、救う力を信じてきた」

と話されています。

確かに、生きていれば、楽しいことも、苦しいこともあります。

やりたいことも、やりたくないことも、あります。

誰かと繋がっていたい時もあれば、一人でいたい時もあるし。

前を向きたい時もあれば、立ち止まりたい時も。

後ろを振り返りたい時も、ありますよね。

だから、自分自身が、いつでも、思いっきり深呼吸のできる場所を、確保しておく。

その場所のひとつが、「短歌」なのかもしれませんね(^^)

そんなことばを、

きいたり(聞く、聴く、効く、訊く・・・)、

すくったり(好く、空く、漉く、掬く・・・)、

と、色々な意味が、当てはまると思います。

中でも、「掬」という漢字には、

「掬する(きくする)」や、

「掬う(すくう)」というように、

「きく」とも、「すく」とも、読める漢字です。

因みに、聞き馴染みない言葉であろう「掬する」には、以下の様な意味があります。

デジタル大辞泉 「掬する」の意味・読み・例文・類語
きく・する【×掬する】
[動サ変][文]きく・す[サ変]
1 両手で水などをすくいとる。
「水を―・して喉を湿うるおし」〈竜渓・経国美談〉
2 気持ちをくみとる。推し量って理解する。「真情を―・する」
3 手にすくいとって味わいたいと思う。
「ある―・すべき情景に逢うと」〈漱石・三四郎〉

「過去を掬う」石川瑠華(著)

「星を掬う」町田そのこ(著)

たくさんの情報に溢れ、目まぐるしく過ぎていく、私達の日々の中で、気が付かない内に、零れ落ちてしまうものたちも多くあり、また、置いていかれてしまうものたち。

那須さやかさん撮影2

それらへと、手を伸ばし続けることを諦めない場所として、「短歌」が機能することができたら、詠む(読む)人にとって、こんなに嬉しいことはないのかもしれませんね(^^♪

那須さやかさん撮影3

さて、社会に良いことを、表面的に消費するのではなく、困難な状況にある当事者にとって、意味のある取り組みが、もっと増えることを願っています。

那須さやかさん撮影4

このシリーズの「新鋭(しんえい)」とは、「特定の分野・業界に新しく出現した、勢いが盛んで優秀(有能)な人」を意味している言葉です。

「新鋭」の表現には、「ある人物・物事に、新鮮さと意気込み・気力の鋭さがあるさま」といったニュアンスが備わっています。

束ねてある花束を、そのままどさっと活けることも素敵ですが、一輪ずつ飾ることも素敵です。

花器ではないものに。

花を自由に活けてみるのも。

自分の心や想像力に向き合う時間になったりします。

那須さやかさん撮影5

日常や暮らしの中に。

自分が美しいと思うものを置いておくと、幸福感が生まれますよね(^^)

「今日はどんな花を飾ろうか?」



「自分に小さなご褒美をあげよう」





作品に即して、言葉を紡ぐ。

「今日はどんな「うた」を詠もうか?」

それとも、

「今日はどんな歌集を読もうか?」

「ラ・フランスの滑らかな線に沿うごとき言葉を交わす夜のはじめに」
(中川佐和子『春の野に鏡を置けば』より)



歌集を読むとは、いったいどういうことなのだろうか。

何故、歌を詠むのだろうか。

【参考記事】
もののあはれを知る なぜ歌を詠むのか



歌を読み、歌集を読んで、思う。

歌人の方達は、何を語ろうとしているのだろうか、と。

詩人である添田馨さんの言葉を、例にとれば、以下の様に、表現されていましたね。

「言葉の芸術たる詩の価値とは、これを深層のレベルで発見し、掘り起こし、泥を落として磨きあげ、そこにまぎれもない美の痕跡を見出し、自分自身の精神をそこへ共振させ、そのことにより発生する意識の余剰を、こんどは自らの言葉で第三者に伝えうるかたちにまで精緻に加工して、再提示する。」

「語族」添田馨(著)



ちょっと思いついただけなんだけど。

英語の世界では、時制をずらすことで、距離を表現しているとも言われています。

現代短歌も、英文法の中でも、難しいと言われている「仮定法」 に似ている箇所がある感じがしていました。

例えば、相手が、現実とは異なる話をする時、英文だと、現実とは異なる仮定の話なので、仮定法のルールにのっとり、過去形が使われる文の事を言うのですが、ここで、仮定法と判断する決め手は、助動詞になります。

そのため、英文だと、例えば、"would"や"could"、"might"などの助動詞が過去形になっていたら、高い確率で仮定法だと判断できるのですが、現代短歌の中には、この助動詞が無い歌もあったりして、

以下の様な時制の一致が適用されないケースにおいて、

■私たちは、次の角を、曲がった所に、何があるか、知らない。

■未来のことであれば、「仮定法未来」となる可能性が高い。

■私たちは、いつも、結句を知らないまま、字余りしながら、生きている。

■ここが現在であれば、「仮定法過去」となる可能性が高い。

現代短歌における仮定法の活用の仕方(擬似的な「今」なのか、真性的な「今」なのか等。)を理解して読んでいるとは、まだまだ言えないレベルですねぇ^^;

そのうち、経験を重ねると、オートフォーカスのように、この点を合わせられるようになってくるかもしれないけど。

それが、文学作品と対話する際の思考の「型」のようなものだと思うし。

私自身の読み方が、「目的・時制・対象」によって定まるのであれば、この要素を受け取る側、つまり、私自身の方で、積極的に、様々な方向に振ってみて、意図的に、ズラしてみる必要があると思って読むようにしています。

相手がカメラの被写体だとしたら、マニュアルフォーカスで、ピントを合わせるようなイメージですかね。

そうすると、人間関係も同じだと思うんだけど、「なるほど、だからか!」と、思えるような焦点、合う点が、必ず存在していると思います(^^)



こんな事を考えていたら思い出したんだけど、このイラストは、ドイツのユーモア雑誌「FliegendeBlatter」の1892年10月23日号に掲載されたもので、

「ウサギアヒル錯視」として、

知られるものです。

オーストリアの哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが、異なった視点で、ものの見え方が変わることを説明するのに使用したことで有名となりました。

【参考記事】

【参考図書】
「原因と結果 哲学」ルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタイン(著)羽地亮(訳)

「他者と沈黙―ウィトゲンシュタインからケアの哲学へ―」﨑川修(著)

「詩とことば」(岩波現代文庫)荒川洋治(著)

また、カナダ、アルバータ大学の神経科学者カイル・マシューソン博士が、イメージに、それぞれの文脈が与えられると、脳は、それを理解するために、見え方を調整(情報を解釈する脳の働きは数少ない単語やイメージで操作できる)することを明らかにしました。

ここから判明した点として、脳に、2つの可能性を区別(例:一点透視による遠近法で描かれた西洋の古典絵画を観る場合と、ピカソらの対象を幾何学的に分解して再構成するキュビスムの方法論で描かれた絵画を観る場合)させるには、場面の曖昧さ(空間認識)を取り除いてやる必要があるということです。

この視点を、現代短歌における比喩表現の解釈多様性と近傍意味密度の関係から読み込んでみると面白いなって感じます。

こう考えるのは、「研究は登山だ」のような比喩表現において、その比喩の解釈がどのくらい多様であるかが、比喩の鑑賞において重要であることが示唆されているのですが、解釈多様性が、どういった要因と関係があるのかについては、十分には明らかになっていないんですよね^^;

大規模言語モデル(Large Language Models、LLM)(※)を活用して、現代短歌の代表的な比喩表現を対象として、隠喩・直喩・主題・喩辞のそれぞれについて、解釈多様性と近傍意味密度を算出し、それらの相関係数を算出してみると、何か発見が有りそうな気がしています(^^)

※:
「言語モデル」とは、文章の並び方に確率を割り当てる確率モデルです。
例えば、ある画像からそれが猫かどうかを当てる「予測モデル」を考えると、猫に近い画像は猫であるという確率を高く割り当て、犬に近い画像は猫であるという確率を低く割り当てます。
同様に、「言語モデル」の場合、より自然な文章の並びに対して高い確率を割り当て、文章として成立しない並びには低い確率を割り当てます。
こうした「言語モデル」自体には古い歴史がありますが、2018年に「BERT」というディープラーニング技術を用いた新しいアーキテクチャによる言語モデルがGoogleより発表されました。
「BERT」は、文章全体の意味を捉えられるという点で従来技術より優れ、かつ規模を大きくすることで精度を向上させやすいという特長があります。
Googleの発表後、この「BERT」を応用した言語モデルが多く生まれ、実用範囲が急速に拡大しています。



そう思っても、なかなか実現は難しいと思うから、これは、横着なお願いなんだけど、可能であれば、現代短歌の名歌を集めて、一首ごとに読みを示した解説付き「詞華集」とか出版してくれたら、とても嬉しいんだけどねぇ。

例えば、歌の「主節内の助動詞に注目して仮定法かどうかを判断しましょう」みたいな感じで(^^)



そんなワクワクする「うた」との出会いによって、皆さまの感性や、美的感覚が、より豊かになりますように(^^)

【書肆侃侃房謹製:新鋭短歌シリーズ】


「つむじ風、ここにあります」(新鋭短歌シリーズ1)木下龍也(著)

<自選短歌五首>
夕暮れのゼブラゾーンをビートルズみたいに歩くたったひとりで

ハンカチを落としましたよああこれは僕が鬼だということですか

自販機のひかりまみれのカゲロウが喉の渇きを癒せずにいる

鮭の死を米で包んでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい

カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる

「タンジブル」(新鋭短歌シリーズ2)鯨井可菜子(著)

<自選短歌五首>
さよならって言おうとしたら足許にきれいな刺繡糸があったの

阿佐ヶ谷の画家の家にて昼下がりファム・ファタールが茹でるそうめん

しのぶれど色に出でにけるわたくしと飲む焼酎はおいしいですか

風光る夏の画塾よ弟がスケッチブックを見せてくれない

わたしには無理なんですと雨上がりにぐっしょり濡れた日傘ひらいて

「提案前夜」(新鋭短歌シリーズ3)堀合昇平(著)

<自選短歌五首>
全身が痺れるような提案のキラーフレーズ浮かばぬ夜は

配管のうねりを闇にみるばかりみな吊革に腕を垂らして

たましいのごとき一枚ひきぬけば穴暗くありティッシュの箱に

ひとりぶんの灯りの下でキーに打つ変更後機器明細三〇〇〇行

追い越してゆく追い越してゆくタクシーは真夜の光を追い越してゆく

「八月のフルート奏者」(新鋭短歌シリーズ4)笹井宏之(著)

<監修者選短歌五首>
葉桜を愛でゆく母がほんのりと少女を生きるひとときがある

八月のフルート奏者きらきらと独り真昼の野を歩みをり

雨といふごくやはらかき弾丸がわが心象を貫きにけり

ひろゆき、と平仮名めきて呼ぶときの祖母の瞳のいつくしき黒

木の間より漏れくる光 祖父はさう、このやうに笑ふひとであつた

「NR」(新鋭短歌シリーズ5)天道なお(著)加藤治郎(読み手)

<自選短歌五首>
こいびとは遠き日曜 電磁波の時雨に濡れてきみはいまごろ

勝ち負けは淡くあのこはもういないそろり足首ひたす泥濘

山間部および都市部はおよそ雨、NR(ノーリターン)とあるホワイトボード

たった今排出されたファックスの微熱ばかりがいとしい夜だ

激しくも西日射し込むこの部屋で全世界色見本帳繰る

「クラウン伍長」(新鋭短歌シリーズ6)斉藤真伸(著)加藤治郎(読み手)

<自選短歌五首>
凍て空の流星群にまぎれつつクラウン伍長の火葬はつづく

郷土史にその名なけれど甲斐のひと説教強盗妻木松吉

家具店の学習机の地球儀に滅んだ国は描かれていない

ワインラベル剥がさんとしてこの妻は我の知らざる器具を取り出す

前世のことは知らねど今生はサポーターなる苦行に耐える

「春戦争」(新鋭短歌シリーズ7)陣崎草子(著)

<自選短歌五首>
好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ

すっきりとした立ち姿を見てってよこれがあなたがたの生んだものです

軽く罪にぎって風の中をゆく さほどでもなき人生をゆく

つよい願いつよい願いを持っており群にまぎれて喉を光らす

春の日はきみと白い靴下を干す つま先に海が透けてる

「かたすみさがし」(新鋭短歌シリーズ8)田中ましろ(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
3階の窓から空に向け飛ばす輪ゴム 神さま僕はここだよ

群れるときわたしは消える図書館の深くに史書の眠るみたいに

春の日に手を振っている向かい合うことは誰かに背を向けること

ストライク投げても受け止めないくせにミットかまえて「恋」なんて言う

いおうええあえいああいと舌の無い口に背中を押されて帰路は

「声、あるいは音のような」(新鋭短歌シリーズ9)岸原さや(著)

<自選短歌五首>
羽をもつひとと静かな声をもつひとが出会える街路樹だった

噴水のつぶつぶのようわたしたち落ちてふたたび噴きあがるみず

波音がやまないのです朝も昼もふつうの顔をつけているのに

僕たちは生きる、わらう、たべる、ねむる、へんにあかるい共同墓地で

空洞も友となりゆくゆうぐれに濡れたドロップいろの信号

「緑の祠」(新鋭短歌シリーズ10)五島諭(著)

<自選短歌五首>
さかみちを全速力でかけおりてうちについたら幕府をひらく

おもうからあるのだそこにわたくしはいないいないばあこれが顔だよ

われわれわれは(なんにんいるんだ)頭よく生きたいのだがふくらんじゃった

玉川上水いつまでながれているんだよ人のからだをかってにつかって

外堀をうめてわたしは内堀となってあそこに馬をあるかす

「あそこ」(新鋭短歌シリーズ11)望月裕二郎(著)

<自選短歌五首>
日曜のまひるあなたを思うとき洗濯ものもたためなくなる

世界には言いたいことがなくなって雪になれない雨あたたかい

ぴあのぴあのいつもうれしい音がするようにわたしを鳴らしてほしい

遠景の夕陽みたいな優しさでメールをくれる ずるい人です

待つことと待たされることの違いにも慣れて仄かなわたしのいのち

「やさしいぴあの」(新鋭短歌シリーズ12)嶋田さくらこ(著)

<自選短歌五首>
日曜のまひるあなたを思うとき洗濯ものもたためなくなる

世界には言いたいことがなくなって雪になれない雨あたたかい

ぴあのぴあのいつもうれしい音がするようにわたしを鳴らしてほしい

遠景の夕陽みたいな優しさでメールをくれる ずるい人です

待つことと待たされることの違いにも慣れて仄かなわたしのいのち

「オーロラのお針子」(新鋭短歌シリーズ13)藤本玲未(著)

<自選短歌五首>
唐揚げの下のレタスを食べてみる駅のひだまり冷えた膝

あなたから生まれる前の夢をみた波打ち際の電話ボックス

人生の謎すきとおる8月の魚の骨のきれいな宇宙

夕焼けの付箋で街を埋めつくすわたしたちには正解がない

天気雨 透けた果実のように世界は○みたい 支度しましょう

「硝子のボレット」(新鋭短歌シリーズ14)田丸まひる(著)

<自選短歌五首>
桃色の炭酸水を頭からかぶって死んだような初恋

じゃあ非常階段に来て。眼裏の雪のすべてが燃えきるまでに

けれどまた笑ってほしい今朝虹が出ていたことを告げる回診

スカートの奥の夕陽を裏返すような行為をうまくできない

索引のページに指をさし入れて会話を少しずらすこいびと

「同じ白さで雪は降りくる」(新鋭短歌シリーズ15)中畑智江(著)

<自選短歌五首>
まだ青きトマトの皮をむくような衣更えする初夏の雨ふり

レタスからレタス生まれているような心地で剝がす朝のレタスを

表札にとんぼ止まれば照りつつもこの家の姓に影を落とせり

南国の木の実でできたお茶碗がわたしの離島のように在る午後

数えられないもの数多あふれたるこの世それらを数えるこの世

「サイレンと犀」(新鋭短歌シリーズ16)岡野大嗣(著)

<自選短歌五首>
もういやだ死にたい そしてほとぼりが冷めたあたりで生き返りたい

ともだちはみんな雑巾ぼくだけが父の肌着で窓を拭いてる

河川敷が朝にまみれてその朝が電車の中の僕にまで来る

そうだとは知らずに乗った地下鉄が外へ出てゆく瞬間がすき

つよすぎる西日を浴びてポケットというポケットに鍵を探す手

「いつも空をみて」(新鋭短歌シリーズ17)浅羽佐和子(著)

<自選短歌五首>
すぐに迎えにきてくれると信じてた 火星に赤く錆びた自転車

もうやめよう真昼間に歯を磨くのは 飛行機雲はすぐ風になる

真夜中にレモンをがりりと齧っても私じゃなくて母親のまま

どこからがママなのだろう今日もまたお空青いよって見上げるばかり

まだ知らぬ春をさがしてにぎり手の湿ったベビーカー今日も押す

「トントングラム」(新鋭短歌シリーズ18)伊舎堂仁(著)

<自選短歌五首>
(屋上の)(鍵)(ください)の手話は(鍵)のとき一瞬怖い顔になる

リスニングテストが聞こえるアメです「始め」と言ったらなめてください

初恋期略奪事案発生後走行時無呼吸症候群

雪見だいふく 作り方 で検索しているような子が好きである

元気かな ブルーハーツがだいたいは言っちゃったとか言っちゃっていた

「タルト・タタンと炭酸水」(新鋭短歌シリーズ19)竹内亮(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
終電の一駅ごとに目を開けてまた眠りゆく黒髪静か

春の風を摑んで海を渡るとき鳥の瞳は紺色になる

旧市街を何も話さず歩きたい足音のよい道を選んで

川べりに止めた個人タクシーのサイドミラーに映る青空

キャベツ色のスカートの人立ち止まり風の匂いの飲み物選ぶ

「イーハトーブの数式」(新鋭短歌シリーズ20)大西久美子(著)加藤治郎(監修

)

<自選短歌五首>
新しいチョークのやうに立つてゐる分校跡地に残る白樺

逃げ水のやうに消えては浮かびくる今は更地の父母のゐた家

シルル紀の夕日に染まる海岸にあなたの耳が落ちてゐました

かもめ町放置自転車保管所に春の潮の香ゆつたりと満つ

ねむたくてねむれぬ指で打つキーの音の先には詩が待つてゐる

「それはとても速くて永い」(新鋭短歌シリーズ21)法橋ひらく(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
冬がくる 空はフィルムのつめたさで誰の敵にもなれずに僕は

開かれたままの図鑑の重たさよ虹のなりたち詳細すぎる

祈るとき目を閉じるとこ似ているね神の名前のひしめく惑星(ほし)で

流されて吹き寄せられて川をゆく花びらみたい 手を振るから

青く暮れる視界のすべて(愛したい)焼き切るための強い瞼を

「Bootleg」(新鋭短歌シリーズ22)土岐友浩(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
ライラック思い描けばえがくほどさようならこの手を離れゆく

てのひらを風にかざしているようにさびしさはぶつかってくるもの

鳴き声を設定したらよさそうな亀のかたちの飛び石を踏む

まっさらなノートのような思い出が音もなく降りこぼれる僕に

ため息を眺めていたら指差したゆびが消えたら春の花々

「うずく、まる」(新鋭短歌シリーズ23)中家菜津子(著)加藤治郎(監修)

<自選短歌五首>
ナボコフを声にしてみるうすあおい舌でころがす氷のかけら

うずく、まるわたしはあらゆるまるになる月のひかりの信号機前

はるじおん はるじおん はるじおんの字は咲き乱れ、銃声がなる

わたしからあふれてしまうわたくしは足の小指をぶつけたりする

夕立にシフォンブラウス透きとおり乳房のためのあたらしい皮膚

「惑亂」(新鋭短歌シリーズ24)堀田季何(著)


<自選短歌五首>
N/A

「永遠でないほうの火」(新鋭短歌シリーズ25)井上法子(著)

<自選短歌五首>
どんなにか疲れただろうたましいを支えつづけてその観覧車

月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい

煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火

ふいに雨 そう、運命はつまずいて、翡翠のようにかみさまはひとり

ぼくを呼んでごらんよ花の、灯のもとに尊くてもかならず逢いに行くさ

「羽虫群」(新鋭短歌シリーズ26)虫武一俊(著)

<自選短歌五首>
生きかたが洟かむように恥ずかしく花の影にも背を向けている

見ていれば違っただろう「つる草の一生」というドキュメンタリー

職歴に空白はあり空白を縮めて書けばいなくなるひと

異性はおろか人に不慣れなおれのため開かれる指相撲大会

この夏も一度しかなく空き瓶は発見次第まっすぐ立てる

「瀬戸際レモン」(新鋭短歌シリーズ27)蒼井杏(著)

<自選短歌五首>
ひとりでに落ちてくる水 れん びん れん びん たぶんひとりでほろんでゆくの

七色のボールペンには七本のばねがあるのでしょうね、雨

ちみしいをひっくりかえすとさみしいになるって知ってた? うそだよ ちよなら

新品の靴下につくピンセットみたいなあれを集めています

スポンジにふくませたみず はなびらの切手をまっすぐはるのでしたよ

「夜にあやまってくれ」(新鋭短歌シリーズ28)鈴木晴香(著)

<自選短歌五首>
非常時に押し続ければ外部との会話ができます(おやすみ、外部)

レトルトのカレーの揺れる熱湯のどこまでもどこまでも透明

君の手の甲にほくろがあるでしょうそれは私が飛び込んだ痕

悲しいと言ってしまえばそれまでの夜なら夜にあやまってくれ

君の頰に「は」と書いてみる「る」は胸に「か」は頭蓋骨に書いてあげよう

「水銀飛行」(新鋭短歌シリーズ29)中山俊一(著)

<自選短歌五首>
せいねんとせいねん神経衰弱のカードを伏せるときの微風

蚊柱に腕をさしこむ柔らかさその歓迎に夏は濁るよ

魔球ぅ魔球ぅ校舎の裏で囁いて、あなたは消えてしまった魔球ぅ

みずからの口を近づけ飲むスープ愛を告げたら抱けない気配

きみのおとうさんはさみしいひとだった朝虹を彫る版画教室

「青を泳ぐ。」(新鋭短歌シリーズ30)杉谷麻衣(著)

<自選短歌五首>
爪に残る木炭ばかり気になって完成しない風の横顔

肋骨のケージで飼っている月が膨らんでゆく しゅはり、しゅはりと

冬生まれだから、で指のつめたさを君は語りぬまひるまの坂

流星のような一瞬 送信を終えて止まった画面見ている

雨 きっと忘れてしまうあの木々にさくらという名があることもまた

「黄色いボート」(新鋭短歌シリーズ31)原田彩加(著)

〈自選短歌五首〉
スプーンを水切りかごへ投げる音ひびき続ける夜のファミレス

行列がなくなり水が腐っても撤去されない黄色いボート

眠る間にすべてを忘れますように 百合の香りがしている廊下

黙しつつ歩めば君は草原のきりんのようで月が美し

ましずかな日差しのなかへのびているしあわせそうな脚を見ていた

「しんくわ」(新鋭短歌シリーズ32)しんくわ(著)

<自選短歌五首>
海賊のような髪型をとりあえずなんとかするため 投げ上げサービス

シャツに触れる乳首が痛く、男子として男子として泣いてしまいそうだ

真っ白な東京タワーの夢をみた 今年は寒くなればいいのに

ぬばたまの夜のプールの水中で靴下を脱ぐ 童貞だった

我々は並んで帰る (エロ本の立ち読みであれ五人並んでだ)

「Midnight Sun」(新鋭短歌シリーズ33)佐藤涼子(著)

<自選短歌五首>
見た者でなければ詠めない歌もある例えばあの日の絶望の雪

凍蝶の羽が崩れる 生き返りそうな気がした夜明けの浜辺

マグカップ割れてようやくこんなにも疲れていたと気づいてしまう

ゆるやかにだし巻き卵を焼きながら春の星座を君に教わる

頬で聞く心臓の音やわらかく今夜の雨はきっと止まない

「風のアンダースタディ」(新鋭短歌シリーズ34)鈴木美紀子(著)

<自選短歌五首>
間違って降りてしまった駅だから改札できみが待ってる気がする

この辺は海だったんだというように思いだしてねわたしのことを

透きとおる回転扉の三秒の個室にわたしを誘ってください

ほんとうはあなたは無呼吸症候群おしえないまま隣でねむる

幾たびもあなたの頰を拭ってた泣いているのはわたしなのにね

「新しい猫背の星」(新鋭短歌シリーズ35)尼崎武(著)

<自選短歌五首>
蛍だと思った虫とずっといる やっぱり光るような気がして

この道はいつか来た道 ああそうだよ 進研ゼミでやったところだ

もう俺は今日から生まれ変わるのに昨日のことで怒られている

まばゆくて目を閉じたりもしたけれどしあわせになる覚悟はできた

誰もいない星で静かにブランコが揺れているからもう行かなくちゃ

「いちまいの羊歯」(新鋭短歌シリーズ36)國森晴野(著)

<自選短歌五首>
無いものは無いとせかいに言うために指はしずかに培地を注ぐ

風向きをたしかめる手はおおきくて求めることは悼むことです

青空にひろがる銅のあみだくじ君の窓まで声が繋がる

生きているように手帳の空白を埋める研修/培養/会議

コンナコトキミダケデスと囁いた舌のうえにはいちまいの羊歯

「花は泡、そこにいたって会いたいよ」(新鋭短歌シリーズ37)初谷むい(著)

<自選短歌五首>
イルカがとぶイルカがおちる何も言ってないのにきみが「ん?」と振り向く

カーテンがふくらむ二次性徴みたい あ 願えば春は永遠なのか

どこででも生きてはゆける地域のゴミ袋を買えば愛してるスペシャル

エスカレーター、えすかと略しどこまでも えすか、あなたの夜を思うよ

ふるえれば夜の裂けめのような月 あなたが特別にしたんだぜんぶ

「冒険者たち」(新鋭短歌シリーズ38)ユキノ進(著)

<自選短歌五首>
午後ずっと猫がふざけて引きずった魚のまなこが見上げる世界

誰かの手を離れる風船 世界から失われゆくひとつのかたち

残業の一万行のエクセルよ、雪原とおく行く犬橇よ

海図にない島が見つかり朝焼けの波濤を越える海鳥の群れ

船乗りになりたかったな。コピー機が灯台のようにひかりを送る

「ちるとしふと」(新鋭短歌シリーズ39)千原こはぎ(著)

<自選短歌五首>
存在をときどき確かめたくなって深夜ひとりで立つ自動ドア

すべてから置き去りにされているような心地してたぶんありふれている

すきすぎてきらいになるとかありますかそれはやっぱりすきなのですか

距離を置く作戦実行中ですが月がきれいで話がしたい

おしまいはいつも「じゃあね」と言うきみに「またね」と返す祈りのように

「ゆめのほとり鳥」(新鋭短歌シリーズ40)九螺ささら(著)

<自選短歌五首>
「ハープとはゆめのほとり鳥の化身です」余命二ヶ月の館長は言う

《非常口》の緑のヒトは清潔なきっとわたしの運命の人

舫(もや)われた二艘の舟として生きるきみの存在がわたしの浮力

ドアスコープの魚眼レンズを覗いたら一滴(ひとしずく)のこの世が見えた

春を練りシナモンロールに焼き上げる仕方ないことを仕方なく思う

「コンビニに生まれかわってしまっても」(新鋭短歌シリーズ41)西村曜(著)加藤治郎(監修)

<自選短歌五首>
レジ打ちの青年ユリ根に戸惑いて何かと思いましたと笑う

きみのこともっとしにたい 青空の青そのものが神さまの誤字

コンビニに生まれかわってしまってもクセ毛で俺と気づいてほしい

生きていく 求人サイトの検索に「一人でできる」とまず打ち込んで

非正規とバイトの恋は非正規がバイトのぶんを多く支払う

「灰色の図書館」(新鋭短歌シリーズ42)惟任將彥(著)

<自選短歌五首>
窓に星座の映る真夜中本を読むわれもいつしか本と変はりて

おしやべりで猫背のキャッチャー知つてるぜおまへほんとは猫なんだらう

時間を守るひとたち出来事を優先させるひとたち暮すこの星

北極星(ポラリス)は四三一光年 この星の百年後の安全

最後の力振り絞りたるごと指折り曲げて軍手はありき

「The Moon Also Rises」(新鋭短歌シリーズ43)五十子尚夏(著)

<自選短歌五首>
朝焼けのマーキュリーから夕刻のユレイナスへと向く羅針盤

一枚の絨毯みたいなパリの夜の光を掬う航空写真

本心もプラシーボだと笑ったら君は全てを閉ざしたシャーレ

リレハンメルの春夏秋は消えてゆくリレハンメルの冬と唱えば

夜という夜の行き着く朝という朝まで君を抱きしめている

「惑星ジンタ」(新鋭短歌シリーズ44)二三川練(著)

<自選短歌五首>
うつくしい島とほろびた島それをつなぐ白くて小さいカヌー

心さえ無かったならば閉園のしずかに錆びてゆく観覧車

松葉杖で木星を歩く ここでしか吹けない君のろうそくがある

熱傷をはだかの腕にひからせてあなたがひらく犬の肋骨

喉をもつ空が洩らした嬌声のねえさん、星をもう蹴らないで

「蝶は地下鉄をぬけて」(新鋭短歌シリーズ45)小野田光(著)

<自選短歌五首>
つめたさのない夏なんてあるものか さよならの著作権はぼくのだ

国境を解かれた陸の果てに舞う百年のちの手旗信号

君は鳥になっても信号待ちをする枇杷の実ほどの自信を抱いて

間違えた靴のままゆく舗装路が海になっても終わらない夢

ローム層にしずかな記憶抱く街で八万台の複写機光る

「アーのようなカー」(新鋭短歌シリーズ46)寺井奈緒美(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
改札を通るときだけ鳴く鳥をだれもが一羽手懐けている

柴犬の尻尾くるんの真ん中の穴から見える極楽浄土

耳と耳あわせ孤独を聴くように深夜のバスの窓にもたれて

路上にはネギが一本落ちていて冬の尊さとして立て掛ける

なくなれば美しくなる でもぼくは電線越しの空が好きです

「煮汁」(新鋭短歌シリーズ47)戸田響子(著)加藤治郎(監修)

<自選短歌五首>
郵便がカタンと届き昼寝から浮上してゆく振りむけば海

エンジェルを止めてくださいエンジンの見間違いだった地下駐車場

三本締めが終わった後の沈黙に耐えられなくて服を脱ぎだす

塀越しによくしゃべってた隣人の腰から下が人間じゃない

暴れる鳥をなだめるように折りたたみ傘はかばんの中に納まる

「平和園に帰ろうよ」(新鋭短歌シリーズ48)小坂井大輔(著)加藤治郎(監修

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<自選短歌五首>
家族の誰かが「自首 減刑」で検索をしていたパソコンまだ温かい

一発ずつだったビンタが私から二発になって 進む左へ

持ちあげたグラスの底におしぼりの袋がついてる愛欲は死ね

国士無双十三面待ち華やいで進むべき道いつか間違う

平等な世界を望むわれわれに大きく立ちはだかる由美かおる

「水の聖歌隊」(新鋭短歌シリーズ49)笹川諒(著)内山晶太(監修)

<自選短歌五首>
椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって

手は遠さ 水にも蕊があると言うあなたをひどく静かに呼んだ

しんとしたドアをこころに、その中に見知らぬ旗と少年を置く

硝子が森に還れないことさびしくてあなたの敬語の語尾がゆらぐよ

でも日々は相場を知らない露天商みたいな横顔をふと見せる

「サウンドスケープに飛び乗って」(新鋭短歌シリーズ50)久石ソナ(著)山田航(監修)

<自選短歌五首>
海の向こう風の休まる土地からの手振れのような写真が届く

吉田さん来てないけれど元気かな無邪気なくせ毛に悩んでないかな

君は表情をぼかしながら私の記憶にとどまってきっと居心地がいいのだろう

ビル風で罵れよ秋 取り留めのない話題なら持っているんだ

故郷には届かぬ台風この街を通過しのちに夏を知らせる

「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」(新鋭短歌シリーズ51)手塚美楽(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
家出少女みたいな謎のメンタリティ2人でいると文字化けしそうだ

あやかさきまゆみみきみほ道の駅から逃げるスタンプにされないように

まだ寝てる?運命の人、聞こえてる 今桜上水だけどなんかいる

観光地の変なかたちのラブホテルで燃やしてみたい昔の洋服

永遠にひとつになれないわたしたちほんとうは甲殻アレルギー!

「鍵盤のことば」(新鋭短歌シリーズ52)伊豆みつ(著)黒瀬珂瀾(監修)

<自選短歌五首>
あなただれ、黄昏。おまへだれ、雪崩。浮世草子をうしろから読む

言葉なるもののからだに棲むかぎり祈りの部屋は保たれてゐる

改札までつないでゐてねオクトーバー・フールと唱へてはだめですよ

つけまつげ冷たく濡れて街灯りはまばたきのたび更新される

鍵盤は押せば鳴るもの鍵盤は発語するのに適訳がない

「まばたきで消えていく」(新鋭短歌シリーズ53)藤宮若菜(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
寝ころんであなたと話す夢をみた夏で畳で夕暮れだった

これは異性のための表情(待って)(もう行こうよ)(わたしたちでいたいよ)

生まれ変わったら台風になりたいねってそれからは溶ける氷をみてた

いつまでも少女でいてとコンタクトレンズを踏みつぶすような祈り

煙草入り缶チューハイが倒れてるふたりはふつうに暮らしましたでした

「工場」(新鋭短歌シリーズ54)奥村知世(著)藤島秀憲(監修)

<自選短歌五首>
女でも背中に腰に汗をかくごまかしきかぬ作業着の色

実験室の壁にこぶしの跡があり悔しい時にそっと重ねる

鈍色のスクリューパーツをひとつずつブラシでこする子の歯のように

夕暮れの砂場を掘れば少しずつ獣の手足になる息子たち

教材として触られてカブトムシ脚を一本どこかに落とす

「君が走っていったんだろう」(新鋭短歌シリーズ55)木下侑介(著)千葉聡(監修)

<自選短歌五首>
目を閉じた人から順に夏になる光の中で君に出会った

海だってあなたが言えばそうだろう涙と言えばそうなんだろう

雨に会うそのためだけに作られた傘を広げて君を待ってる

花にルビをふるように降る雨、雨の名前は誰にも分からないけど

「幸せに暮らしましたが死にました。けれど死ぬまで幸せでした」

「エモーショナルきりん大全」(新鋭短歌シリーズ56)上篠翔(著)藤原龍一郎(監修)

<自選短歌五首>
アリス お茶もういいよ アリス 泣かないで 薇ほどけば夏が終わるよ

っこ って何 生きあいっこするわたしたち朝から氷くちうつしてく

能あるきりんは首を隠す んなわけねーだろ剝きだして生きていくんだ光の荒野

花みたい、それはやさしい揶揄でしたいいよ花ならお墓に似合う

ああみんなねむれずにいてどろみずのあふれる淵の花壇、雨ざらし

「ねむりたりない」(新鋭短歌シリーズ57)櫻井朋子(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
母さんの自作だったと後に知るお伽話で燃えていた町

くるぶしは小さな果実 夕闇に熟れゆくきみを起こせずにいる

あの女も使ったかなぁ出汁巻のうずに差し込む基礎体温計

一歩ずつ脱ぎ捨てていくサンダルのごときクリップ海に焦がれて

枯れるのも咲くのも花の意志ならばわたしの体はだれの福音

「老人ホームで死ぬほどモテたい」(新鋭短歌シリーズ58)上坂あゆ美(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
母は鳥 姉には獅子と羽根がありわたしは刺青(タトゥー)がないという刺青(タトゥー)

風呂の水が凍らなくなり猫が啼き東京行きの切符を買った

故郷の母と重なりしメスライオン 深夜のナショナル・ジオグラフィック

沼津という街でxの値を求めていた頃会っていればな

シロナガスクジラのお腹でわたしたち溶けるのを待つみたいに始発

「ショート・ショート・ヘアー」(新鋭短歌シリーズ59)水野葵以(著)東直子(監修)

<自選短歌五首>
旅客機の窓はきらめくそれぞれのパーパス・オブ・ユア・ヴィジットをのせ

君の背にロールシャッハが咲いていてそれでも好きと思えたら夏

スーパーで出くわすような気まずさと夜の校舎のような嬉しさ

日々のバカ 開きっぱなしの踏切でほとぼりが過ぎ去るのを待って

サササドリと母が呼んでる鳥がいてたぶんこれだな、サササと走る

「イマジナシオン」(新鋭短歌シリーズ60)toron*(著)山田航(監修)

<自選短歌五首>
いずれ夜に還る予約のようである生まれついての痣すみれ色

花びらがひとつ車内に落ちていて誰を乗せたの始発のメトロ

手のひらの川をなぞれば思い出すきみと溺れたのはこのあたり

おふたり様ですかとピースで告げられてピースで返す、世界が好きだ

海の日の一万年後は海の日と未来を信じ続けるiPhone

【参考サイト】
新鋭短歌シリーズ (全56巻)

新鋭短歌シリーズ (全3巻)


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