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Netflixのサンクチュアリを観た(7話まで)

今日も久々に休みだった。
朝からNetflixのドラマ(サンクチュアリ)を観て胸のエンジンに火がついたんだろうと思う。

シフォンケーキの材料を買い出しに行ってシフォンケーキをつくったらことのほか上手くできたので、材料を購入した店(奄美のセレクトショップ)にひと切れ持っていき試食してもらった。それから最近琵琶の演奏会にちょくちょく来てくれる向かいのおばちゃんにもひと切れ持ってった。

人間やっぱりギブした分だけ帰ってくるよなって思う。いや、相手に何かした分だけお礼をもらえるとかじゃなくって。(向かいのおばちゃんからは美味しい佃煮があるからともらったけど。)

何か自分のやりたいことや得意なことをやって表現するすることで、世界と繋がる感覚。世界と繋がった瞬間に得られるものがあるの。

ずっと止めていた呼吸をやっと再開させたような。長時間の正座を解いて血の通わなくなっていた足先に、どーっと血が流れてゆくような。

  ⭐️   ⭐️   ⭐️

昨日、洗面台と鏡をきれいにしながら思ったの。

話がそれるけど、昨日は牡牛座の新月だった。後で知ったことだけど、月が牡牛座のときはバスルームと洗面台を綺麗にするといいらしい。

それはさておき、小学生のころ地域の野球チームで補欠だった僕は、トスバッティング練習をしていた僕の打球を見ていた監督がやってきて「力があるから今度使う」と言われ、さっそく次の試合で代打で出された。終盤ツーアウトだったかな。ランナーはひょっとしたらなかったかもしれない。負けていたんだったかな。

バッターボックスに立った僕に、リトルリーグに掛け持ちで在籍していた味方の同級生が「バント!バント!」と叫んだ。僕はスリーバントを失敗し、監督は「なぜバントなんかしたんだ」とがっかりしていた。

同級生の彼がバントと言った意味はわからなかった。僕をおちょくっていたと理解していたのだとしたら、僕は彼の言動を咎めるために従った。監督から怒られるのは彼だ。真意がわかっていなかったとしたら、リトルリーグに入っている人の言うことは絶対だと決めつけて従ったのかもしれない。

いずれにしても、自分が何をしたいか、何をするべきかをさっぱり考えていなかったのは間違いない。

自分が何をしたいか、何をするべきか、どうなりたいか、見て、考えて、行動するすることが自分にはどうしてもできなかった。

なぜだろう。

  🌕  🌕  🌕

大学に入ってから、ミュージカルのサークルに入ってから、お芝居に触れるようになってからは堰を切ったように自分のやりたいことをとことん考えてやりはじめ、親の反対を押し切って俳優の道を進み始めた。

そういえば中学校のときのスキー教室は初日2日目と単調な坂を滑り降りてくるボーゲンは何度くりかえしてもできなくて泣きそうだったのに、時間切れで最終日コースに出るとそれまでの苦しみが嘘のようにスイスイと滑れるようになっていた。

人生も明確な欲求と目的がないと真に学んだり考えたり行動したりしないのかもしれない。

いまのこの状況をもっと良くしたい、
具体的にこういうふうになりたい、
何年後には誰とどこでどんなことをしていたい、
このコースの先にある景色をみてみたい、
イメージがあればそこにいけるのだ。

  ⚾️   ⚾️   ⚾️

あらためて、
打席に入った僕は何をしたかっただろうか。

どうせバントならセーフティバントだろうな。
でも監督は僕の打力を買ってくれたんだ。
数少ないチャンスだから三球三振でもいいから全部思い切り振ってやろう。

そう思って、三球全部。
きれいに磨かれた鏡の前で、僕はあらためてバットを振った。流れる汗と涙が心地よかった。

  ☀️  ☀️  ☀️

そんな土曜日の翌日が今日。
君は何がしたい?と問いかけた。

心に火をつけたくてドラマを観、
火がついた瞬間にシフォンを焼、
そしてそれを誰かと共有したいと思った。

想いやよろこびを共有すること。
それが僕のいちばんの喜びかもしれない。

良き琵琶の音
良きシフォンの味
良き舞台の熱
これらを創り出し共有し
人生を共にたのしむことこそが
今年の僕の具体的な目標だと
気がついているのだと思います。

毎日毎晩問いかけよう。
今、何がしたい?




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