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「ベイトマンニュース」ノルマに支配されると見えなくなる大事なこと。

先日病院でのトレーニングでこんな人に出会いました。
彼女はまだ30代前半の若い介護士さん。病棟で働き始めてまだ6か月の新人さんです。以前は普通の会社員でしたが、「医療の現場で働き、人を助けたい。」と強い意志を持って転職してきた、子育て真っ最中のかわいらしい人です。
子育て中の彼女は、夜勤メインで働いているそうです。そんな彼女が言います。「最近はチームの中で浮いている気がする。落ちこぼれのレッテルを貼られている。」え?どうして?と聞くと、こんな理由でした。

イギリスの病院では毎朝患者さんの全員に清拭とシーツ交換をします。自分で動ける患者さんはもちろん自分でシャワーをしたり、身体を拭いたりするんですが、自分でできない患者さんには毎朝介護士が「清拭」を行います。
病棟には患者さんが30名ほどいて、忙しい時にはその2/3ほどの患者さんたちの介助をするんです。介護士にとって午前中は清拭とシーツ交換、そして検温、とめっちゃ忙しい時間になるんですね。
そういう時、夜勤で数件の清拭を終えておいてくれると、日勤はめちゃめちゃ助かるわけですよ。だからいつのまにか「夜勤で少なくとも3件の清拭をすること」という暗黙のノルマが課せられることになるんです。

彼女はそんな「ノルマ」に疑問を持ちました。夜勤中に3件の清拭をするためには、寝ている患者さんを朝5時に起こして清拭をしないといけない。
寝ている患者さんを起こしてまで身体を拭くのは、誰にメリットがあるの?誰が朝5時に身体を拭いてもらいたいの?
彼女はそんな常識からはずれているノルマを断りました。するとチームリーダーから「チームワークができない自己中なヤツ」と注意勧告を受けたんだそうです。

「毎日清拭しないといけない」「夜勤で数件の清拭を終えると日勤に感謝される」というのは、業務としては「正しい」ことなのかもしれません。チームの一員としてはいいことなのかもしれません。でも対象である患者さんのことは全く考えられていない。
この寒くてまだ真っ暗な冬の朝に、一体誰が朝5時に叩き起こされて、身体を拭いてほしいのか。しんどくて、身体を拭きたくない日だってあります。
怖いですねぇ。ノルマに支配されると、常識で考えて「あたりまえ」の感覚が麻痺し、ケアの対象である患者さんの気持ちを思いやることを忘れてしまう。
働くメンバーにとっては「落ちこぼれ」のレッテルを貼られた彼女の方が、人としてあたりまえの心を持ち、患者さんに寄り添い、そしてリーダーに「それはできない」と断る勇気を持っている、すばらしい介護士やと私は思いますね。
長年病院務めをしてきた私としては、人の心をちゃんと持っている若い彼女が、病院で働こうという強い意志を持って転職してきてくれたことがほんまにうれしいんです。病院務めは激務ですからねぇ。ちゃんと人を思いやれる、寄り添える介護士というのは、ほんまに珍しいんですよ。       
こんな彼女を大事に育ててもらいたいところやけど、病棟で長く働いているノルマに縛られたベテランスタッフたちにいじめられ、つぶされる。
人の心を考えず、ただ淡々とノルマをこなしていく働き方の方が看護師としては楽ですからね。長い間医療の現場で働く人に多く見られる悲しい現実。

こういう「ノルマ」にしばられて、本当に大切な部分を見落とすことはよくあることやと思うんです。もちろん仕事としてやらなければいけない事をきちんとこなすことは大事なことです。そやけどやっぱり忘れてはいけないのは「人として」共感できるのか。あたりまえのことなのか。ということ。
特に人を相手にしている私のような仕事は、「私は人としてこう思う」という考えを持つことが大事やなぁ、と今回のことで改めて思いました。

インターネットやSNSでなんでもすぐに情報が手に入り、有名人やいろんな人が様々な情報を流している今の世の中、自分の頭で考えなくなること、心で感じなくなることは簡単です。
だけどそういうご時世やからこそ、あえて自分でちゃんと考えることをしたい。これは好きやな、あるいは嫌いやな、と自分の心で感じることをしたい。これはノルマやからやらなあかん、とか、皆がやってるから私もやる、ではなくて、やはり人としてこれは正しいことなのかを自分の頭で考えたい、というのが今の私の気持ちです。


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