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たぬきとミッキーマウス

 日本国外だと狸は珍しいというツイートを読んだ。

 調べてみたところ、たしかに10年前にシンガポール動物園に送られたホンドタヌキはなかなか珍重されたらしい。

 しかし現在の公式サイトでは名を確認できなかったからお亡くなりになったのだろう。


 さて、それで狸について調べていたら「たぬき」というタイトルの地唄(盲人の芸人がやった三味線音楽のジャンル)を知った。
宮守が神殿を荒らすたぬきを撃ちに来たが、たぬきは身重で夫が帰りを待っているから助けてほしいと手を合わせて頼むので、情にうたれて鉄砲を下すとお礼に腹鼓を打ってくれた、それはリアルの鼓にも勝る演奏だった、めでたしめでたし、というもの。

 神殿を荒らしたと思しきタヌキを許しその結果報われるというところに微妙に仏教説話的なものを感じるが、しかしもっとも連想したのがこの1951年の「R'coon Dawg(邦題:『ミッキーの"あらいぐまを探せ"』)」というミッキーマウスの短編。(クリックで見れます、日本では著作権切れ)

 内容はアライグマを狩りに来たミッキーとプルート。アライグマをかぎつけたプルートはアライグマを追いかけるがことごとくしてやられる。最後に追い詰められたアライグマは子持ちのフリして同情を引く。その演技にすっかり騙されたミッキーとプルートは暖かい笑顔で帰っていった、というもの。


 あらいぐまが騙しているという点以外はなかなかよく似た話でしょう?

 そういえば天下のミッキーマウスがハンティングをすることに驚かれた方もいるかもしれませんが、あいつはもともと動物に容赦のないやつです。「蒸気船ウィリー(1928)」や「タクシードライバー(1931)」といった初期作品では遊び道具として動物を虐待していましたからこれでも成長したもんです。

 で、最初に思ったのはやはり欧米には日本のタヌキ説話と同様にアライグマ説話があるのかな、ということ。その結果このような似た話ができるのかなと思ったんですね。

 で、[raccoon fairy tale]で検索したんですよ。アライグマのおとぎ話って意味ですね。そしたら出るわ出るわ

日本のタヌキ説話が。

えっ?!なんでだよ!って感じですがタヌキのことを英語ではraccoon dog と呼ぶらしいので、

raccoonで検索するとたぬきも結果に含まれちゃうってことです。それでぶんぶく茶釜などが出て来てしまう。
しかしアライグマについては、飼育されている動物園の話とか現代の子供向けコンテンツとかしか出てこなかった。

要するにアライグマの昔話やおとぎ話はあまりないらしい。
少なくともアライグマ説話というほどの概念はないようだ。

続けていろいろ調べるとキツネの説話はいっぱい出てくる。まあイソップ寓話なんかで日本でもおなじみですしね。日本語で老獪な老人を古狸と呼ぶように、英語では老獪な老人をold foxと言うらしい。
やはりたぬきポジションはキツネなのか……。

ではミッキーの話は偶然の一致だったのか、と思いきやある仮説が浮かびました。

この「R'coon dawg」というタイトルについてです。R’coonというのはraccoonの省略形の話しことば。dawgというのは仲間とかを意味するスラングらしい。
じゃあ「アライグマ仲間!」みたいな感じかしら。

 しかしこのdawgというスラングはdogの変形つづりらしい。だから犬という意味もある。
これは要するに主人公であるdawgのプルートを意味する駄洒落になっているんでしょう。

 しかしそもそもたぬきはraccoon dogなので、R'coon dawgというタイトルはタヌキを意味するとも読めませんか?

 そういうわけでタヌキ説話に影響された可能性を考えてみました。

タヌキ説話は最初に1871年(明治4年)にイギリスの外交官アルジャーノン・フリーマン=ミットフォードによって「ぶんぶく茶釜」と「カチカチ山」が紹介され、1886年から長谷川武次郎によっていまの二作の絵つきの翻訳版が出されていました。

 ということを考えると「人間を黙す賢さと妖術を持つが、愛嬌もあるたぬき」という日本のタヌキ説話にもとづくタヌキ観は知られていた可能性は高いわけです。ましてやディズニーといえばおとぎ話翻案の名手ですから、アジアのおとぎ話だって集めてそうなものです。

しかし、いろいろ調べたものの結局証拠となりそうなものはヒットせず……。そもそもディズニー短編のストーリーってどうやって決まっていたのかさえよく知らないことに気づいた。

 だから太平洋戦争後間もないディズニー作品に日本の昔話が影響しているとしたらおもしろいなぁ程度におもってください。無根拠な憶測におわって申し訳ないス……。



その他うんちく

 この作品は結構ディズニーとしては異色な感じです。「大きくて強そうな追いかけ役が、小さくて賢いものにしてやられる」という構図はどうみてもハンナ・バーベラのトムとジェリーやその他の作品に影響されています。まあディズニー初期にもそういう話はないではないですが、硬い石にぶつかったプルートがカクカクの絵になるなんてのは、ハンナバーベラやルーニー・テューンズの影響でしょうね。

 1940年代以降のミッキーマウスの短編というのはドナルドダックやグーフィーの主役シリーズに人気をとられて人気が失墜、この作品も実質わき役ですが、そのあとはPluto's Partyや、 Pluto's Christmas Treeといった具合に冠タイトルすら奪われて、1953年のSimple Things(これもプルートが主役)でミッキーの短編映画シリーズは終わってしまうのでした。
 ああ見えてなかなか苦労人なんですねぇ。

 そういえばこの作品に登場するアライグマをみて、そもそもこれアライグマじゃなくてタヌキじゃね?と思われたかもしれませんがこれはアライグマであってます。

調べたところおそらくカニクイアライグマと呼ばれる種がモチーフです。

茶色でしっぽがしましまで目の周りだけ黒い、とカニクイアライグマの特徴を押さえています。

 絵で描かれるたぬきの尾がしましまなのはこのアライグマの特徴が流入したものとも考えられます。

 ちなみにぼくの好きなたぬき作品は杉浦茂先生の「八百八狸(1955)」という悪の狸軍団と戦う話。かわいいね。

 これはkindleで売っている正規のものなのですが当時の雑誌をスキャンしただけのもので、もうちょいなんとかならないかな……。


にょ