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『蛍日和』小谷野敦

 こんなふうに連れ合いがいて、一緒にあちこち出掛けて美味しいもの食べて、これにまさる幸せは、ないんじゃないか。
 好きなことを好きなように喋れる相手がこの世にいることは、奇跡で、尊いことだ。

 喫茶店や料理屋の描写が多く、どれもこれも美味しそうで、楽しそうだった。

 もう一つ多かったのが、病院。
 主人公が手術したり、妻の「蛍」が手術したり、主人公の親が相次いで亡くなったり、する。

 だから実際には、「~日和」というほどには、静かで穏やかな、ほんわか、淡々としたものではないはずなのだが、私にとっては、それでも幸せな光景に感じられた。羨ましかった。

 というのも、西村賢太が数日入院したとき、または日帰りだったが手術したとき、または私の身内の入院を二人で見舞いに行ったときのことなどが思い出されたからだ。

 病弱な人で常にあちこち痛がって、赤羽の病院の薬袋を持って来ては、毎日規則正しくルーチンで昼のシャワーと夜の入浴後に神経質に種々の薬を飲んでいたが、心細がって一人で通院するのを嫌がるので、やれ泌尿器だ皮膚科だ眼科だ、と、子供じゃあるまいに付き添わされ、よく待合室に二人並んで座っていた。そうことが思い起こされたのだ。

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