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[#32] Keynote登場について考える - アップル製ソフトのもたらす意味

初出: MacPower 2003年 3月号

ここ数年欠かさずに行っていたサンフランシスコのMacworld Expoなのだが、東京のExpoとも日が近いし、正月バタバタするのもなんなので(歳ですので)、今年はいいやと思って行かないことにした。新しいPowerBook も出ないと思っていたのだ。そしたら新製品は山ほど発表されるし、ちっちゃいアルミのPowerBook G4まで登場、しかも東京のExpoは中止とは。く〜、行けばよかった。盛り上がっただろうなぁ。

というわけで、友人たちとiChat しながらスティーブ・ジョブズのキーノートをストリーミングで見ていた。今回の一番のお気に入りはもちろん12インチのPowerBookG4、これはすでに購入決定なのだ。しかし、実は「Keynote」にもたいへん注目している。iアプリケーション以外のソフトとしては久々の新作となるわけだ。プレゼンテーション用のソフトといえばバリバリのビジネス向けアプリケーション。マイクロソフトの「PowerPoint」に真っ向勝負を挑むわけだから、たいしたものである。

とはいえ、実際に仕事に使う予定があるかといえば、実はさほどはない(笑)。じゃあなんで買ったかというと、プログラマーならではの理由が別にあるのだ。それはインタ一フェースのチェック。アップルが新しいソフトでどんなインターフェースを採用するかというのは、われわれサードパーティーの開発者にとっては、とても大きな意味があり、その動向にはどうしても注目しちゃうのだ。

Mac OSのアプリの特徴の1つとしてよく語られることの多い「コンシステンシー(consistency)」という言葉。「首尾一貫していること」と訳せばいいのかな?コンビューターの文脈でコンシステンシーといえば、ユーザーが1つのアプリで得た経験がほかのアプリでも役に立つ、という意味で使われるわけだ。こうしたメリットをパソコンに最初に持ち込んだのがMacintoshだった。

ただOSを用意しただけで、これと同じ感じでアプリを作れ、と言われても困ってしまう。サードパーティーの開発者としては、何か参考にできる動くサンプルがないと何も始まらない。そういうわけで、お手本とされたのが Finderであり、伝説の MacPaint や MacWrite であり MacDraw、MacProject などのそれに続くアップル製のソフトウェアなのであった。これらのソフトがつくり出したユーザー・エクスペリエンスが、選択方法やドラッグの仕方、あるいはダイアログの出し方からアイコンまで、いわば現在のソフトの常識をつくり上げた。

しかし、ところ変わればそうした常識も変わらざるを得ない。Mac OS Xはある意味で過去と決別したOSだ。ただ安定性を確保するために足回りをUNIXに変えただけでなく、新たなるインターフェースの常識、作法をつくり出そうという意図から、Aquaを採用、近年のPC環境にぴったり合ったものへの変換を目指している(はずである)。となれば、当然アプリが従うべき常識も変わっていかなくてはいけないはずだ。

登場からすでに2年近く。Mac OS Xになってからアップルが作ったソフトって、実はあまりない。Mac OS 9のころには開発者のリファレンスとして機能していたはずのFinderは、この連載でも何度も取り上げているとおり全然だめだし、iアプリケーションはクセが強すぎて一般的なアプリに転用するには向かない[*1]。「クラリスワークス」の後継の「AppleWorks」はCarbon化されているが、練りに練ったという感じではなく、とりあえずMac OS X ネイティブにしてみました程度にしか見えない[*2]。

それらのアプリに比べると、Keynoteははるかに気合いの入ったアプリに見える。なんといっても世界一うるさいベータテスターと思われる、あのジョブズが1年にわたって使い、機能リクエストをしたであろう [*3] ソフトである。実際に届いたものを評価してみたが、ざっと使ってみただけでも使いやすいソフトであることは感じられる。

特にうれしいのが、細かい各所に昔のアップルらしいきめ細かさが見られることだ。例えば、スライドの入れ替えを行うときのインターフェースなどは参考になるし、パレットのページ切り替えの方法などもすっきりと決まっている。これって、これまでアプリごとに違っていてちょっと混乱した印象があったが、今後はこれに統一されるかな、という感じ。サンプルやライブラリーを開くときも、新しいインターフェースをあえて開発せず Finderを流用するようになっているのも、いい傾向といえる。まさにアップルのソフトウェアが帰ってきた、という感じがする。不満ももちろんあるが、それを上回る心遣い、というのが素直な印象である。

というわけで、同じ開発者として、急に火が付いてしまったわけではないのだが、なんか、オレもがんばってアプリを作らないといかんぞ、という気にはなっている。もう「やっぱりCarbonだ いやCocoaだ」などと言ってる場合でもない。いいものを作れる環境はすでにそこにある。いいソフトも登場し始めた。Jaguar 以降のアップルの元気のよさも止まっていないようだし、新しいアプリの常識も見えてきた気がする。

と、程よく乗ってきたところでお知らせです。3月の初めにQuickTime仲間である田中太郎と、プログラマーの作品展を企画することになりました。今年はエキスポもなく、さびしーねー、一発景気づけになんかするかってことで、呑み会の場で決まりました。というわけで場所は東京・渋谷のビール屋さん(笑)。その隣に展示スペースがあるので、そこを借りて行います。テーマは「Macプログラマーのこだわり」。他にもビッグなゲストが参加予定です。みんな Toolbox時代からのMacプログラマー。その俺らがMac OS Xとどうつきあっていくのか。ま、呑みながら俺たちのこだわりを見てってください。詳しくはホームページで。遊びに来てねー。ビール呑んでってねー。

バスケ(http://www.saryo.org/basuke/)
なんと12インチのPowerBook G4、発売日当日に届くという快挙!Apple Store さん、今回は対応が素晴らしかったです。しかも「AirMac Extremeカード入れると納品が遅れる可能性があるので、先に本体だけ送りましょうか?」という姿勢。今後もがんばってください。

[*1] 転用するには向かない - というよりも、インターフェースの乱用も多数みられるので、混乱のもとともいえる。
[*2] 程度にしか見えない - パレットの下にタブが付いているなど、実験的なことをしようとしている感じもあるが、どうにも······
[*3] 機能リクエストをしたであろう - オレはそんな目にはあいたくないぞ。同情するぞ。

編集・矢口和則

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