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[#8] 事実上の標準(デファクトスタンダード)を、支えるもの

初出: MacPower 2001年 2月号

最近、久しぶりにフリーウェアを作った。「Don't Save!」という機能拡張だ。何をするのかといえば、保存確認ダイアログによってファイルを保存するかどうかを尋ねられたときに、「保存しない」ボタンをキーボードから押せるようにするものだ。至ってシンプルな機能拡張だが、実はこれが意外に重宝する。

保存確認ダイアログには、「保存する」「キャンセル」「保存しない」の3つのボタンが用意されていることは周知のとおりだ。「保存する」ボタンには、最初から[return]キーがキーボードショートカットとして割り当てられている。その後、「キャンセル」ボタンは [esc] キーもしくは [⌘] + [.]キーで操作可能になった。これらは、いまではダイアログ一般の標準キーボードショートカットだ。

ところが残る1つのボタン「保存しない」には、キーボードショートカットが定義されていない。「Adobe Photoshop」を例に考えてみると、制作途中の画像を一時的に新規書類として作ることが意外に多い。そのデータは結局保存せずに捨てることになるのだが、そのときに保存確認ダイアログが必ず「保存しますか?」と聞いてくる。このような一時的なファイルを扱っている際には、キーボードショートカットで操作できると作業効率が向上する。

そう感じるプログラマーが多かったのか、いつのころからか「保存しない」ボタンに[⌘] + [D]のショートカットキーを割り当てたソフトが増え始めた。「D」は英語の「Don't Save(保存しない)」に由来している。このショートカットは比較的支持を集め、現在では多くのアプリケーションが対応している。ついには、米アップル社のナビゲーションサービスAPI [*1] が提供する保存確認ダイアログも採用するに至った。

とはいえ、アップル社はいまだにこれを標準のガイドラインとしては規定していない。というより、Mac OS 8以降、文書の形ではガイドラインをほとんど提供していないのだ。アップル社が作ったAPIについて「こういう仕様だ」とは記述されているが、「こうしろ」という規定は以前に比べてかなり少ない。まぁ、「QuickTime Player」や「Sherlock 2」のユーザーインターフェースを見ればわかるとおり、自らがガイドラインから外れている。要は、「こうしろ」と言って、自分で自分の首を絞めるようなことをしたくはないのだろう。

標準を策定する立場にある誰か(この場合アップル社)のあずかり知らぬところで、コトがこれだけ広く普及した場合、それを「事実上の標準(デファクトスタンダード)」と呼ぶ。それは標準よりも重い意味を持つ。自然発生的に広まり、強要されずに受け入れられているからだ。ましてや[⌘] + [D]のショートカットキーは、アップル社自身もこっそり対応させているのだ。これこそ、事実上の標準と言って何ら問題はないだろう。

しかし、事実上の標準に強制力はない。受け入れるかどうかは開発者の良識次第なのだ。そのため、採用していないアプリケーションも結構ある。[⌘] + [D]をサポートしないソフトを列挙してみよう。「Adobe Photoshop」「Adobe Illustrator」「Eudora Pro」「Microsoft Office 2001」「Macromedia Flash」「スクリプト編集プログラム」「QuickTime Player」……。これらを[⌘] + [D]のショートカットキーに対応させるための機能拡張が、オレが作った「Don't Save!」なのだ。

うーん、でもこれだけ対応していないと、[⌘] + [D]が本当に事実上の標準なのかと疑いたくなる。オレが事実上の標準と言っているだけかもしれない(笑)。それでもオンラインウェアに目を向けてみると、数多くのソフトで [%] + [D]のショートカットキーが使えるのだ。

どうして、事実上の標準はこうも曖昧なのか?恐らく普通のユーザーとプログラマーとでは、評価の対象が異なるのだろう。プログラマーにとっては、「おっ、コレちょっと気が利いているな?」と思わせるものがいいソフトなのだ。一般ユーザーの純粋な道具としての使い方に比べると、かなりずれた使い方をしている。でも、それでいいのだ。使ってみて、「ああ、いいなぁ」と思う機能は敬意を払って参考にさせてもらう。そういう出会いが楽しくて、プログラマーをやっている面もあるのだ。

ものを作っている以上、その感動を大切にしたいと思う。そういった感動もなくプログラミングしていても、薄っぺらなソフトしかできないだろう。そんなコンピューターみたいな世界はつまらない。そう考えると、Mac OSもまだまだ捨てたものではない。ブログラマーの愛に満ちあふれている。

しかし、今年、正式版がリリースされるMac OS Xはどうだろうか?オレはまだ惚れられない。OS自体もそれを取り巻く環境も、まだまだ多くのプログラマーからの愛をもらえてないように思える。この状況を変えることができるのは、もちろんアップル社だ。だが、一般ユーザーも大きな役割を果たせることを忘れないでほしい。

ユーザーの武器は「反応」だ。昔から思っているのだが、ユーザーはOSの一部なのだ。優れたOSにはいい反応をするユーザーがいる。自分が気に入ったことには、どんなに小さくても何らかの反応をしてほしい。ホームページで紹介しても、友達に伝えるだけでも構わない。プログラマーが「ああ、いいなぁ」と思い、多くのユーザーが興味を示して初めて事実上の掲準は確固たるものになる。Mac OS Xを取り巻く環境にも、そういったユーザーとプログラマーのいい関係が早く生まれてほしい。プログラマーはいつもユーザーの声に耳を傾けています。こっそりね(笑)。

バスケ
シエスタウェア代表取締役。例年のごとく年末は忙しい。年明けのMacworld Conference & Expo / San Franciscoに備えて、かなり先のスケジュールまでこなさなくてはならないからだ。それに加えて雑誌の年末進行・・…。う~む。

[*1] ナビゲーションサービスAPI - ファイルを開いたり保存するときに表示されるダイアログに関するライブラリー。Mac OS 8から導入された。それ以前にも同様のものがあったが、保存確認ダイアログの表示など機能が大幅に拡張させている。なおMac OS Xでは、このナビゲーションサービスが標準のAPIになる。

編集・三村晋一


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