さいきん読んだミステリ②(202307)
9月になってしまいましたが、前回の続きです。
いま思えば「さいきん読んだミステリ(202307)」の「その2」なのに、連番がこの位置だと「さいきん読んだミステリ③(202308)」と続きそうな気がする。次から連番はリセットします。
前回同様ネタバレは避けています。
白井智之『名探偵のはらわた』
面白かった。「あらすじ」からも察せられるとおり、津山事件や阿部定事件といった昭和の有名事件が、固有名をアレンジされて題材となっている。
「犯罪者たちが現代によみがえる」という触れ込みから「サイコキラー版聖杯戦争」といった趣きを感じるかもしれない。しかし彼ら彼女らはとくにバトルロイヤルをやっているわけではない。それぞれ(生前と同様の)独自の理念や美学をもって殺戮を起こしているという意味では、グロンギっぽさを感じる。
探偵の浦野灸と主人公の原田亘の出会いが印象的。味方がいない!という状況下で探偵役が、「亘くん、きみは真実を語るべきだ」と助けを差し伸べてくれるのはシンプルにカッコいい。
白井智之『名探偵のいけにえ』
めちゃくちゃ面白かった。教養がないもので、「多重解決」というジャンルをまったく知らず(とはいえ名称ぐらいは耳にしたことがある。たぶん知らずしらずのうちに触れたこともあっただろう)、読み終えて「なんだかとんでもないものを読んでしまったぞ」と一年生的な感想をもった。事件の推理が次々に出されてひっくり返っていく様子は、さながら哲学の議論を読んでいるようで面白い。
ちなみに、あらすじからわかるように、こちらの実在の出来事(人民寺院の集団自殺)がモチーフになっている。ネタバレを避けるとあまり多くを語れないのがもどかしい。なお『名探偵のはらわた』とは独立の作品だが、『はらわた』から読むのがオススメする。
(それはそうと、ひねくれたオタクはカルト宗教の類が好きで、その一部がネットミーム化しているのを見ると、あまりの無邪気さに眉をひそめてしまうことが多い。もちろん本作は実在の団体を茶化しているわけでもないしかなりリサーチして書かれている。そのあたりも、書く以上は当たり前の心がけかもしれないが、たいへん好感がもてた。悪く言えばひいき目で見たかもしれない。)
呉勝浩『爆弾』
面白かった。社会派ミステリーと本格推理は排反するものではないとは言ってもしばしばトレードオフのような関係になっている。そういうわけか、本作も本格推理を期待して読むと肩透かしをくらうかもしれない。爆弾魔とされる「スズキタゴサク」との頭脳戦・心理戦といっても、論理的・計算的な要素は薄く、基本的には売り言葉に買い言葉の会話劇である。爆弾の隠し場所について「なぞなぞ」を出題する場面もあるが、謎解きとして面白いというわけではない。
ではなにが面白いのか。スズキタゴサクとの会話劇、もっと言えば彼のキャラクターである。タゴサクの語りは饒舌で、社会への悪意や憎悪に満ちている。どれも作者の代弁かと受け取られかねないほど尺の割かれたセリフだが、別にそういうわけではない(vgl. インタビュー)。むしろ作品としては、人間がみな持ち合わせている「感情」――適切な表現があるのだが伏せておく。本編を読めばわかるだろう――を主題化しているのだから、もし何かを代弁しているとすれば、それは作者ではなく世間である。
タゴサクと対する警察側も、けっきょくは人間で、同じ悪意や憎悪を潜在的にもった存在だ。都内で次々に起こる爆発。それにどこか両義的な感情を抱く描写は、もう少し掘り下げがあるとよかったのではないか。
知念実希人『硝子の塔の殺人』
2022年の本屋大賞ノミネート作品。文章そのものは安っぽい印象があるし、率直に言って全体的にすごくナイーヴな作品だと思いながら読んでいた。
たとえば、文脈は割愛するが「ミステリの歴史を覆すような発見というのは、「モルグ街の殺人」以前の推理小説のことかもしれない!」と会話している場面があり、まあ確かに見つかれば歴史的な発見ではあるだろうが、そんなに興奮することだろうか、と思ってしまった。そのほか、小さな点だがいくつか引っかかりながら読んでいた(本棚の描写とか、各キャラの言動とか)。とはいえクルーシャルだとはまだ感じない範囲である。終盤までは楽しく読んでいた。
各種紹介文にもあるように、本作は読者への挑戦状が含まれている。そこで一気に冷めてしまった。念のために言えば、読者への挑戦状それ自体はとても好きな仕掛けである。その挑戦状のどこでどう、は言えないのだが、使われ方(と、あと真相)がとにかく嫌だった。
しかし世間的にはたぶんそこがウケている。創作物の評価で、世間に「おまえたちは趣味が悪い、間違っている」と言うのは虚しいことだし、その乖離それ自体は評者の趣味の良さをなんら保証しないものなのだが(※)、それでもこんな仕掛けをもてはやすのはやめなよ、と言いたくなってしまった。
※「好みについて議論はできない」といった前提をとっているわけではない。(そもそも不勉強なので、美学的な議論や検討をする準備はない。)こういう言い方をするのは、いろんな場面でこういう乖離を感じてそのたびに悲しくなっているからだ。正当化を欠いたお気持ちレトリックであって、実質的なことは何も述べていないと思ってほしい。
方丈貴恵『名探偵に甘美なる死を』
VR空間ならではのトリック、と聞いて興味が湧いた。シリーズものなので前作や前々作から入るべきだったかもしれない。
だけどそもそも文章がつらかった! ノリが寒いとかではなく、ぜんぜん頭に入ってこない。かなりの頻度で「こう書き直したほうがいいんじゃないかな……」となる。あとキャラクターの心理やリアクションが、描写ではなくかなり説明として書かれている印象をもった。そんなこんなで自分には読めなかった。評価不能としたい。
ただ評判を調べたかぎり、文章に文句を言っているのはじぶんだけのようで、正直これはアテにならない感覚かもしれない。(ちなみにさいきん出た『アミュレット・ホテル』は、立ち読みした感じそんなにひどいと思わなかった。)
紺野天龍『神薙虚無最後の事件』
多重解決もの、ということで手に取った。探偵役の設定がいくらなんでも盛られすぎ。
読み終えた直後はあんまり面白くなかったと思っていたのだが、冷静に考えてみたらべつにひどい話でもない。(2人目のエレベーターの推理はアクロバティックで好きだ。)ノリが合わなかっただけだろう。
井上真偽『恋と禁忌の述語論理』
はっきり言っておく。癒やし系天才美人論理学者は存在しない。
あまりにハーレムものラブコメの文体で、『僕とツンデレとハイデガー』を読んでいるときのような気持ちになる。それ自体はマイナスではないのだが(「僕ツデガー」は好きなので)、意外とがっつり論理学講義が挟まり、読んでいるときの感情に困った(ゲーデルの説明が怪しいというかたぶん明確に間違っているのだがご愛敬)。あと主人公が地の文で論理学講義にぜんぜんついていけない反応を示しているのに台詞では意外と要点を押さえているのがポピュラー入門書っぽくて笑える。
「言うほどロジってるか?」と言いたくなる場面もありつつ、「トリプレッツと様相論理」の出来は出色である。変な声でたわマジで。
青崎有吾『体育館の殺人』
おもしろかった!!!!!
小さな手がかりから大きな帰結を引き出す推理が好きなのでとにかく楽しく読みました。じぶんも明日からトイレで傘を見かけたら推理していきたいと思います。
肝心かなめのトリックがショボいみたいな声もあるが、トリックの派手さや奇抜さだけで作品の優劣が決まるわけでもないだろう。むろんトリックは良いに越したことはない。なので感性や趣味が悪いとは思わないが、配点はよろしくないと思う。
浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』
お、面白いじゃん……
多くの人が経験するような人生の節目系イベント(就活とか結婚とか)を物語に使ったときの効果はてきめんで、読者が素直であれば、「じぶんがこの環境に置かれたらどうなるか」といった具合に物語に入り込みやすい。ひとえにハイコンセプト――という言葉はダサくて抵抗があるのだが――な作品の強さを感じさせられる。(ちなみに、じぶんはこんな意識高い就活の経験はいっさいない。)
また、伏線の張り方や情報の明かし方も上手く、とにかく well-made である。すこし登場キャラ(矢代つばさ)の扱い方で「それはどうなんだ?」みたいな部分もあったが、まあ細かい点である。
小川哲『君のクイズ』
おもしろい。
けどラストにちょっと納得がいかない。若干のネタバレになってしまうことを承知で言えば、彼があの思惑を告白する理由はないと思った。真相それ自体にはケチをつけたいと思わないし、競技クイズ(鑑賞)は密かな趣味なこともあってたいへん楽しく読んだ。QuizKnockはふくらPが好きです。
麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』
こんなん笑うわ。
じぶんはアンチジャンルが基本好きじゃない(『UNDERTALE』とか)し、10冊読んだぐらいだが、叙述トリックやメタフィクションめいた仕掛けはだいたい嫌いで、驚天動地の真相もそんなに重視しなくて、オーソドックスな本格推理が好みだと感じていたので、「もしかしたら合わんかも、でも読んどくか」ぐらいの気持ちでページをめくった。
けどこんなん笑うわ。はっきり言ってシリアスの皮を被ったバカミスだと思ったのだが、貶しているわけではない。図書館で借りたので、巻末には島田荘司(だった気がする、笠井潔だったかもしれない)の仰々しい解説文がついていた。新装版を買い直して、麻耶雄嵩の解説を読んだら「〔最初の密室殺人について〕この手のネタは、コメディタッチでするよりも、シリアスのふりをして出した方が効果的だろう」とあり、そう読むことは作者の意図と反しているわけではない、とすこし安心した。(かりに反していたとしてもバカミスだと主張するが。)
ところで、じつは昨日『神様ゲーム』を読んだばかりだ。例に漏れずラストで困惑したのだが、不思議と悪い気はしない。ふつうはミステリであんな結末を突きつけられたら怒ると思う。けど麻耶雄嵩はなぜかそれが面白さに寄与している。まったくわけのわからない作家だ。
7月分は以上です。前回とあわせると14冊ぐらい? 8月分もまた書きます。
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