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【刺し身とヤキトリ】散文詩。

病食で金目の粕漬けを焼いたもの、が
メインディッシュとして出た時
には興奮した
たゞの赤つぽい魚、と言ふのではなく
本物の(脂ののつた)キンメである。旨さうだ、
私はご馳走を前にした英国紳士のやうに
揉み手でもしさうだつた。
入院生活に刺激は尠い。
否、ビョーキの性質からすれば
鎮静が一番なので、やゝもすると
食事の献立表を一週間分書き写してゐる
若い女のコは莫迦にできなくて-
要するに食ひ物は氣になる存在、
だから本物のキンメの粕漬けを
多くの患者が、辛い
とか言つて食べ残してゐる現實は
私から言へば勿体ない、ナンセンスな
出来事だつた。

Sさんという男性患者、
小柄で60絡み、頭は禿げてゐる-
自分では分かつてゐないが
軽微な痴呆が表れてゐる。他はどうだか
だが、何せ人の名前が覺えられない。親しい人でも、である。
所謂人格者なので
皆に愛されてゐるが、ご家族には
(悪い言葉、)丸め込まれて病棟に置き去り
にされてゐる。
たまに息子さんが面会に來ると
眞實嬉しさう。私は「ウラ」を大体知つてゐた、
-あはれ、である。
そのSさんが、外泊すると言ふ。外、なんて言つても
要するに自宅に泊まりに行くのである。
Sさんは上述、家族戀し、なヒトなので
それはそれは嬉しさう。
で、その外泊から帰つて?來たら
質問攻めだ。特に、何食べた?と云ふのは
皆の知りたいツボだ。
刺し身とか、ヤキトリとか…と
Sさん。キンメの粕漬けが辛くて
食べられなかつた、その彼には
刺し身にヤキトリ、が懐かしい味なのである。
私はちよつと泣きたかつた
これからの彼の事…。
こゝいら辺で切り上げやう、
私はそんな場所から「生還」したのだ。
おしまひ。©都築郷士

〈ストーリー性ある詩イは現代的と言へぬが讀み出はあるねさあ讀も 郷士〉今回はフィクション混じつてをりません。私の言葉で捉へたドキュメントですねー、珍しく。そんなで宜しく。

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