短編 小言な勇者と魔法使い

「お前昨日魔法使ってなかった?」
魔法使いは手に持った杖で乱暴に勇者を指す。
なにやら不服そうな表情で勇者を睨みつけている。
「使ってないよ。」
一方の勇者は自身の相棒である剣を丁寧に手入れしていた。
「嘘こいてブー。お前昨日豚の魔物と闘ってる時使ってたやんけ。なんか手上に上げてぶつぶつ言うてたやん。」
「それは、お前アレやろ。脇のムレを開放してたんやんけ。」
魔法使いはしかめっ面で勇者の言葉を反芻している。
「脇の…ムレ…?」
「そう。昨日は特に夏日やったやろ?ほんまやったらもっと薄着で望むところやったよな。まぁなんとか倒せて良かったけど。ところでさ、」
「いや、ところでに行くな。ありえへん。全然処理しきれてないから。」
魔法使いは勇者の言葉を処理しきれていないようだ。勇者は少し顔を膨らませている。
「可愛いないねん。」
「というか、僕が魔法使ったらあかんわけ?」
勇者は頬杖をつきながら魔法使いを見つめる
「あかんよ。」
「あかんのや。」
「あかん」
「なんで?」
「俺の職業何か言うてみて?」
「水牛のレバー燻製して売ってる人やろ?」
「誰が水牛のレバー燻製して売っとんねん。魔法使いや!っんまに。いちいち腹立つわ〜」
魔法使いは続ける。
「あのな、お前が魔法をもしこの先、ドンバコドンバコ打ち始めたら、俺の、立場、どうなりますのん?わかる?言うてる意味。わかる?」
勇者は、なんだそんなことか。と言わんばかりにうっすら笑みを浮かべる。
「その時は、お前は僕のサポートをしたらええやんか。なにも魔法は攻撃するだけとちゃうやろ?」
「それは女の魔法使いがすることや。」
「あ、男女差別」
「うるさい死ね。男の魔法使いがサポートの魔法なんかつこてみろや。もうチンコ切らなあかんで。そういう暗黙のルールがあるねん。」
勇者はやれやれと首を左右に揺らす。
「アホか。」
「お前昨日ほんまに魔法使ってないの?」
「使ったよ?」
……。
静寂。二人のいる木造の部屋を包む怖いほどの冷酷な静寂。外から入る日差しは魔法使いの顔を照らし、それが陰陽を生み出し様々な表情を思わせる。
外を往来する人々や動物の声、足音なども今の二人には聞こえていないのかもしれない。
まさに殺気。シィンとしたこの空間を耐えられるのは二人の他にはいないのではないだろうか。
ちなみに、今回舞台となったのこちらのお部屋はパリスの宿屋の一室。
建物全てをヒノキで仕立て上げており、暖かな空間と心地よい匂いが旅人の日々の疲れを癒す。
全4室しかないこだわりのお部屋は、一部屋として同じ趣向のものはなく、四室四様。
当然宿泊費はそれなりにかかってしまうものの、大きな仕事を終えた後のご褒美として利用する旅人が多いと聞く。

「ちなみに何の魔法使ったん?」

「水牛のレバーを燻製する魔法」

「あ、ごめん。もう完全にシバく。」