DHでの起用は打者のパフォーマンスに影響を与えるのか
野球のポジションの中にはDHという他のポジションとは異なり守備を行わずに打撃を専門とするポジションがあります。このDHは守備を行わないというその特殊性が打撃に影響を及ぼすのではないか、と言われることがあるようです。例えば「守備をした方が試合に入っていける(ので守備を行わないDHは難しい)」と、打撃にマイナスの影響を与えるという声やその逆に「DHは(守備の事を考えなくていいので)打撃に集中できる」と打撃にプラスの影響を与えるといった声があります。(注1)異なる意見もあるこのDHによる打撃への影響ですが実際のところはどうなのでしょうか。
先行研究
MLBのデータを使った先行研究ではMGLがさまざまなバッティングのペナルティを検証した記事がありその中でDHについても触れています。各選手のDHで起用された場合とそうでない場合のwOBAの差を調べその平均をとることで影響を見てみたところDHで起用された場合はそうでない場合に比べwOBAが14ポイントほど下がるという結果が出ています。
またNPBのデータでもsamiさんがブログのコメント欄で同一シーズンに複数ポジションで先発出場した際のwOBAの差を調べ平均を算出したところ十分なサンプル数が揃っている4ポジション中、3ポジションでDHとして起用された場合にwOBAが低下するということが明らかになっています。
検証
以上のような先行研究の結果を見るとNPBでもDHで起用された場合、それ以外の起用と比較して打撃成績が低下するのではないかと推測できますが実際はどうでしょうか。2005~2019年のNPBのデータで検証をしてみることにしました。samiさんは 各ポジション→DH での打撃成績の変化を見ていましたが私は今回の検証では DH以外での全ての出場→DH でどれだけ打撃成績に変化するかを見ていくことにします。
検証にはwOBAという指標を用います。wOBAとは打席当たりの得点の影響を示す指標です。各イベントの得点価値に応じた加重がされておりOPSよりも得点への影響を測るのに適しています。ただし今回の検証では入手データの関係上、失策・野選出塁は計算に含んでいません。(注2)
検証の方法としては
・同一シーズンにDHで先発出場とDH以外での出場をした選手についてDH時のwOBAとそれ以外での出場時のwOBAの差を調べて平均値を算出。
・単純に平均をとると打席数が少ない場合に外れ値を拾ってしまう可能性があるので比較する2つのポジションのうち、少ない方の打席数を加重として加重平均をとる。
例としてはまず以下のようなデータセットがあったとします。
このデータセットから他のポジションの出場時→DHの出場時のwOBAの差を調べたい場合
((.330 - .320)*200 + (.300 - .000)*10 + (.320 - .340)*20)/ (200 + 10 + 20)
とします。式を見ればご理解いただけると思いますが一方のポジションの打席数が少ない場合には小さい加重がとられています。これは打席数が少ない信頼度の低い値の加重を小さくすることによって信頼性を確保することを目的としています。(打席数が少ないと外れ値が出やすくなるため)一方で両方の打席数が多い場合には信頼度が高いと考えられ高い加重をかけています。このように加重の仕方を工夫して加重平均をとることで妥当な平均値の算出を試みています。(注3)
結果
他のポジション→DH のwOBAの変化は-10.8ポイントとなりました。サンプルサイズ(少ない方の打席数の合計)は32592打席です。先行研究と同様にNPBでも他のポジションからDHに移るとwOBAは低下することがわかりました。この-10.8ポイントの変化はどの程度かというと仮にある選手を他のポジションからDHにコンバートして1年間レギュラーで固定し続けた場合、チームの得点数を5点減らす程度です。(注4)この5点が多いかどうかは個人の主観によるところもあるかと思いますが得失点が5点増減すると貯金が1増減することを考えると小さい差ではないと個人的には思います。
選手をグループに分けて検証
同じDHを務めた選手でもDHメインで起用される選手もいれば普段は守備に就いているが休養や故障の影響でたまにDHで出場する選手もいます。そのような選手の違いはwOBAの変化に違いはあるのでしょうか。
そこでDHメインの選手達のグループと非DHメインの選手達の2つのグループに分けて検証します。DHメインの基準はDHとしての打席数が非DH時の打席数以上であることです。
上記がその結果となります。DHメインのグループは非DHのグループに比べwOBAの低下が僅かですが穏やかで差としては7.2ポイントです。両方のグループで同じだけポイントが低下したMLBの研究とは異なった結果になりました。
なぜDHで起用すると打者の打撃成績が低下するか
なぜDHで起用されると打者の打撃成績が低下するのでしょうか。先行研究では以下の2点が指摘されています。
・守備に就けないため打撃成績に影響が出ている
選手自身が語るように守備に就けないことが打撃に何かしらの影響を与えている可能性があります。例えばパイレーツ時代の岩村選手がDHとして起用された時に
>やっぱり難しい。自分だったら(試合に)出るなら守る。その方が試合に入っていける。(注1)
と守備に就かないことが打撃にも影響を与えたかのようなコメントをしています。
・起用のバイアスを取り込んでいる
例えば普段は守備に就いている選手が休養目的で出る場合や故障を抱えた選手が打撃のみなら出場可能ということで出る場合などコンディションが万全でない状態でDHとして多く起用されるという起用のバイアスがあり守備に就いて出場している場合より打撃成績が低下したということが考えられます。
まとめ
・2005~2019年のNPBでは 他のポジション→DH で起用されるとwOBAが10.8ポイント低下する。
・非DHメインの選手よりDHメインの選手の方がwOBAの低下はわずかだが穏やかである。
個人的な感想としてはDHでの起用が打撃成績にwOBAで10ポイント程度の影響を与えていることは意外でした。私はそもそも守備が打撃に影響を与えるかということについては懐疑的な立場であったからです。起用のバイアスを取り込んだだけの可能性もありますが守備に就くこと、就かないことが打撃に影響を与えているのだとしたら興味深いですしなぜそうなるのかについても気になります。
データ出典元: - nf3 - Baseball Data House Phase1.0
http://nf3.sakura.ne.jp/
(注1)
(注2)
wOBAについてはこちらを参考にしてください。
1.02 - Essence of Baseball | DELTA Inc.
(注3)
先行研究のリンク先を見た方はお気づきだと思いますがこの手法はMGLとsamiさんが行っているものと全く同じです。この手法を知ったきっかけはsamiさんのブログのコメント欄でsamiさんに教えていただいたことです。この場を借りて感謝申し上げます。この手法についてさらに詳しく知りたい方はsamiさんのブログのコメント欄を参考にしてください。
(注4)
-0.0108(wOBAの差) ÷ 1.24(wOBAscale) × 600(打席数) = 約5.2点
で計算。
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