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平穏(東○お祈り作品)

8月末、夜の団地に灯る赤い火は、強くなったり弱くなったりを繰り返していた。男は辺りに目をやると、大きく白いため息をついた。

「ねぇ、臭いんだけど。マジキモい」と、部屋から琴海の声が聞こえる。彼女は、いつもどおりパソコンに何やら打ち込んでいる。ヒヤリハットが何やらと言っているが、俺にはよく分からない。
流石にかなと思い、部屋に入ると2段に積まれた段ボールが目に入る。
しかし、あいつの作業が終わるまでは暇だよな、と言い聞かせ、いつものサンダルに足を通し、河川敷へと向かい始めた。その道すがら、訝しそうにこちらを見る人達に気づく。
そこで行われている陰口は、犬の水浴び後の様に頭を振ってしまう癖についてか、それともあれなのか。どちらにせよここももうそろそろだな、と考えながらそのまま歩いた。
そしていつものように川面を眺めていると、ふと仰向けで溺れている蛍を見つけた。俺はそいつにチョイっと触れ、ひっくり返してやると、そのままフラフラとどこかへ飛んで行ってしまった。それを見送った俺はもそもそと立ち上がり、少し肌寒さを感じながら家路へと引き返す。
するとまたいつものタイミングと場所で”そいつ“と目が合う。特徴を捉えてそうで捉えていない、俺の似顔絵である。そこにはご丁寧に「源田丈一郎」と太くはっきりと書かれていた。もう既に禊は済ませたのになぜいつまでも張ってあるんだ、などと考えながら階段を昇り、明かりの漏れる立て付けの悪いドアを開けた。

そこではまた、長い長い単純作業が待っている。

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